オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「え?平山冬馬?」
黒斑眼鏡のショートカットの女が、俺を指差した。
そういえば、この女の声が、どこかで、聞き覚えがーーーー。
「お前……」
目を見開いた俺と同様、女も大きな瞳をぱちくりとさせた。
「その様子だと、娘と冬馬君は会ったことがあるのですね、いやー、ご縁とは不思議ですな、社長」
「それなら話は早い。冬馬、お前には申し分ないお嬢さんだ、正直勿体ない位にね」
「おい、ふざけんなよ、俺は」
「冬馬、口を慎め。我々はふざけてなどいない。これはビジネスだ。お前達には結婚してもらう。いいな」
低く有無を言わせない威圧的な声だ。
「幸之助おじ様、あの」
芽衣の声を、神谷茂が遮った。
「芽衣もいいかげんにしなさい。以前から何度も話していただろう。あの件も了承済みだ……では社長、これから例の件の打ち合わせでも。これからは義父同士ですしな」
「気が早いですよ、頭取」
橋本が扉を開けて、乾いた二つの笑い声が扉から出ていく。
俺と二人にきりになった芽衣が、クソ親父、と呟いた。
「随分口が悪いんだな」
俺は、ソファに背中を預けて、ネクタイを緩めると足を組んだ。
芽衣は、黒斑眼鏡をカチャンとガラステーブルに投げおくと、俺を睨んだ。
「そっちこそ、嘘吐きね!」
「何だよ?大体人のこと聞く前に自分だろ、偉そうに何様だよ、さすがは頭取のお嬢様だな」
「馬鹿にしないでよ!」
言い返してやろうとしてやめた。
スウェットに涙が転がったから。
「……今度は泣くのかよ、忙しい奴だな」
「見ないで……」
「てゆーか、なんだその格好……」
そこまで言ってから、俺は黙った。
「……悪かった」
俺より少し歳下だろうか、政略結婚が余程嫌だったんだろう。
俺から、聞いた嘘の平山冬馬の情報を元に、綺麗な服からスウェットに着替えて、綺麗に伸ばしていた長い黒髪をショートに、してきたのだから。
俺に気に入られないように。
「ずっと伸ばしてたのに……ひっく……」
「ごめん……」
芽衣が涙を拭うと、俺をじっと見た。
「……ごめんなさい……」
「え?」
「さっき……偉そうに……言ったから」
思わず、俺はふっと笑った。
「何がおかしいの?」
「意外と素直なんだな、俺がお前なら謝んない」
「じゃあさっきのなし」
芽衣が勝気な眼差しを向けた。
「やっぱお前、生意気だな」
芽衣は、頬を膨らませると口を尖らせた。
小さい頃の明香みたいだ。
「芽衣だから」
「え?」
「だから偉そうに冬馬もお前って呼ばないで!芽衣!神谷芽衣だから」
「俺のこと、もう呼び捨てかよ、ま、どうでもいいけど」
俺は立ち上がった。
「ちょっと、どこいくの?」
「家まで送ってやるよ。その格好じゃ困んだろ」
芽衣は、しばらく黙っていたが、俺の後を少し下がってついてきた。