オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜

「あ、ちょっと部屋寄らせて」
「わかった」

俺は、企画課長室の部屋を開けると、鞄と一緒に賃貸物件情報誌を放り込んだ。

役員に割り当てられている、社内用の車のキーをキーボックスから取り出していると、芽衣がデスクの上の写真を眺めていた。

「この人誰?恋人?」

「え?誰が?」

「この綺麗な人」
芽衣が指差していたのは、明香だ。

「あぁ、俺の妹、左隣に映ってるのが兄の春樹で妹の恋人。妹と春樹は血縁関係ねぇから」

「あ、そうなんだ。冬馬の恋人かと思った」

「は?何で?」

芽衣は写真から視線を逸らすと俺をじっと見た。

「何だよ?」  

「ほら、この人の横だとこんな嬉しそうな顔してるのに、私には怒った顔ばっか」

女ってやつは変に勘がいいとこあるよな。

「お前が生意気だからだろうが」

「あ!またお前って言った!芽衣だよ!」

「うるせぇな、黙れ」



芽衣は、エレベーターで地下駐車場まで着いてくると、黙って俺の車に乗り込んだ。

シートベルトをしながら、俺の顔をちらりと見た。

「早く出して」
「お嬢様だよな」

「何が?」
きょとんとして、俺を見る芽衣がおかしくなった。

「世間知らずもいいとこだろ、知らない男の後ついてきて、車に乗って、俺が悪いヤツだったらどうすんだよ」

「え?何、冬馬って悪いヤツなの?」 

神妙な顔で近づくと、俺を覗き込んだ。 

「何?誘ってんの?」

顔を寄せて、見つめ返すと、慌てて芽衣が窓ギリギリまで身を寄せた。

ぷっと笑った、俺を見て芽衣がふくれた。

「ムカつく」
「ガキだな、いくつだよ?」

俺は、エンジンをかけると車を発進させた。

「22よ」
「大学生?」 
芽衣は、こくんと頷くと、俺にも訊ねてくる。

「俺は25」

「あと数ヶ月で卒業したら、おっさんと結婚か……」

「お前な……心配しなくても結婚は、破談にしてやるから安心しろよ」

「え?できるの」  

「ただ、暫くの間、婚約者のフリしてろ」

「え?何で?」

「別にお前が男と遊ぼうが、何しようが何も言わないし、どうでもいい。ただ、俺といる時だけ婚約者のフリしろって言ってんの」

芽衣が口を尖らせた。

「意味わかんない」

「わかんなくていい、大体嫌だろ、愛人の子供の俺と結婚なんて、ハズレだろ」 

「別に……今のお母さん、後妻だし、お父さんは今のお母さんとの間にできた妹を溺愛してるし……私なんて仕事の材料にしか思ってないから」

芽衣のまつ毛が下を向いた。本妻の子供だからと言って幸せだとは限らない。春樹みたいに。


「……しんどいな」

芽衣が運転席の俺を見た。

「……悪いヤツじゃないのね」

「さぁ、どうだろうな」

意地悪く笑った俺を見ながら、芽衣が、あっそ、とそっぽをむいた。
< 54 / 201 >

この作品をシェア

pagetop