オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
そのまま、企画課長室の扉をノックして、ドアノブを、回す。

「最近、朝早いんだな」

デスクでパソコンを叩く冬馬を眺めながら、俺はソファーに腰掛けた。

「……春樹ありがとうな」

冬馬は、こちらに目線を合わせずに、その言葉を口にした。

「そんなこと言うなよ、何にも、してやれない」 

親父の言う通りだ。冬馬を犠牲にして、俺は好きな女と一緒になる。

「明香幸せにしてくれるだろ?それだけで十分だから」

冬馬の切長の瞳が、ようやくこちらに向けられる。

「冬馬は本当に、それでいいのかよ」

「ま、相手は頭取のお嬢様だしな、綺麗な顔してるし、愛人の子の俺には、勿体ないよな」

「好きでもないのにいいのかよ」

俺の言葉に、冬馬はふっと笑った。

「まさか、自分だけ、好きな女と結婚するからって、気にしてるとかじゃねぇよな」

「そのまさかだったら?」

「ばーか。そんな暇あるなら明香に構ってやれよ。俺だって、好きになれそうもない、全然好みじゃない女なら、断固として破談にするって」

冬馬は唇を持ち上げると、タバコに火をつけた。冬馬は追求されたくないことがあると、必ずタバコに火をつける。

元々ヘビースモーカーだが、話したくないことを俺がしつこく聞いた時は、決まってタバコに逃げる。 

「……分かった」

俺は席を立ち上がると、ドアノブに手をかけた。

「なぁ、冬馬……」
俺は、朝からの疑問がふと頭をよぎった。

「何?」

「同窓会の夜、何で明香と一緒の部屋にしなかった?」

灰皿に灰を落とす、冬馬の視線が僅かに揺れたのは気のせいじゃないだろう。

「……兄妹でも、もうこの歳だしな、別にするのが普通じゃねぇの」

「成程ね、いや明香が、一人でよく寝れたなと不思議でしょうがなくてね」

「……明香も子供じゃねぇんだからさ」

冬馬は灰皿にタバコを、押しつけると視線を、パソコンに戻した。

「そうだな……。また落ち着いたら、引っ越し祝いにいくから」

「了解」

俺は、自分自身に芽生えた疑惑をかき消すように、冬馬の部屋を後にした。
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