オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「それにしても、急に倒れるから、焦っただろうが。会社近いから、慌てて車とってきて、お前を、此処まで運んだんだよ」

「そうだったんだ、私、お店で倒れて、意識なくて……」

「大体、来た時から、顔色悪いと俺は思ってたんだよ、何で無理すんだよ」

「ごめんなさい……」

「……春樹にあとで連絡しとけよ、さっきまで俺と此処居たけど、役員会だから行かせたけどな、かなり心配してたから」

「芽衣……さんは?」

「さっきタクシーで先に帰らせた、荷物の受け取り頼んでるから、後でアイツん家寄るし……別に明香は、気にしなくていいから」

点滴のポタンポタンとおちる(さま)を見ながら、永遠に終わらなければいいのにと願う自分がいた。

冬馬を、独り占めしたくて。

「冬馬……」

名前を、呼んだだけで涙が溢れた。冬馬が小さくため息をつくと、ベッドに腰をおろして指先で掬った。

「……ひっく……私………」 

「倒れてびっくりしたな、泣かなくても大丈夫だから」

ーーーー違うの。芽衣さんと冬馬を見るのがツラくてどうしようもなくて。

「……冬馬、結婚しないで……」

冬馬が、一瞬目を見開くと、少しだけ俯いた。

「するよ。俺もケジメつけなきゃな。お前のためにも」

何も言えない。冬馬も辛そうに、言葉を紡ぐから。

「ごめん、たまたま春樹とエレベーター前で会って、飯食うことになったから。急で驚いたよな」

「冬馬……じゃあ結婚するまでは、家にいて」

冬馬が涙でぼやけてしまう。 

「春樹がいるだろ、泣くな」

私が、起き上がろうとすると、冬馬が背中を支えた。

「寝てなくて大丈夫か?」
心配そうな顔をした薄茶色の瞳に、小さく私が映る。

さっきの芽衣さんとのやりとりが、頭から離れない。私だけを映していて欲しいの。

冬馬の心臓あたりを、シャツとネクタイごと右手で、ぎゅっと掴んでいた。

冬馬の心が、欲しくて。その手は震えてた。私の恋しい心が溢れてしまいそうで。


「明香……んな顔すんなよ」

冬馬が、ゆっくり私を抱きしめた。

冬馬の匂いが心地よくて、冬馬の鼓動にひどく安心して、涙が溢れる。

「あの夜で忘れようと思ったの。忘れられると思ったの。それなのに……」

「明香」

冬馬は、私の顎を掴み上げた。

「忘れろ。頼むから」

私の涙が、溢れるのも気にも止めずに、冬馬は静かに告げた。

「お前のそんな顔みたら、何処にもいけなくなるだろ」

苦しそうな声で、愛おしそうに私の髪を撫でる冬馬に、しがみつくように私は、顔を埋めた。

「苦しいよ……冬馬」

「俺は……何にもしてやれない」

冬馬の頬に触れていた。

芽衣さんに取られたくなくて。私だけの冬馬でいて欲しくて。

私から、初めて重ねた唇に、冬馬は何も言わなかった。

唇を離した私は、冬馬の顔が見れなくて、俯いた。ポタンと白い布団にまあるいシミがついた。

冬馬の大きな掌が、私の両頬に触れて、持ち上げた。

「しんどいの全部、持ってってやるから」

今度は冬馬から、ゆっくり重ねられた唇は、何度も角度を変えながら、すぐに深くなる。 


一度堕ちたからかも知れない。

何度堕ちても、冬馬に触れられるなら、もうどうでも良かった。何度も唇の熱を交換していくうちに、冬馬の舌が入ってきて、身体が熱を帯びるのが分かった。



ーーーーコンコン、とノックの音が響く。


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