13歩よりも近い距離
 テレビもなければ時計もないこの部屋は、表に救急車でも通らぬ限り静寂で包まれる。幼い頃は岳とこんな空気になることなどほとんどなかったが、最近では(もっぱ)らこのムード。

「じゃあ、さ」

 おもむろに、岳が動いた。もう何個目になるかも分からない飴玉の個包装を開封して、口に含んで、腿の上に乗せていた私の両手にふたつの手を重ねてきた。ごくんと飲む、唾の塊。

「俺がすずに対して……」

 間近で呼ばれる名、かかる吐息。

「こんなことしたら、男として見てくれるの?」
「え──」

 どういうこと?
 そんな問いを投げかける前に、唇に唇があてがわれた。風も吹いていないのに、さらりと靡く岳の髪。大きい瞳は、長いまつ毛で覆われる。
 岳とキス。それは、この十年間で初めてのことだった。
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