あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 だが、こんなに尻尾をブンブン振って懐いてきた人間は一人もいなかったのだ。

(まぁ……人柄ってのもあるんだろうが)

 実際、自分が五代(ごだい)の立場でも羽理(うり)になら懐いたかも知れない。

 対して、自分は後輩たちを決して必要以上に可愛がった覚えはないし、それこそあえて事務的に必要なことのみ伝えるようにしていた。

(懐かれたくないってオーラを出してたんだ。()びてくるやつなんざ、いるわけねぇか)

 そう思って、自分で自分を納得させようとしていると言うのに――。

 
「え!? ここって……生鮮食品の扱いなんてありましたっけ?」

 なんて、目の前の五代が間の抜けた声を出してくるから、『こいつ、営業の癖に本気でそんなバカなこと言ってんのか?』と驚いた。

「あっ」

 その瞬間、自分の腕の中から逃れるのを諦めたとばかり思っていた羽理に、まるで大葉(たいよう)の手から力が抜けるのを見計らっていたかのようなタイミングですり抜けられてしまう。

(この薄情者!)

 手を解放されるなり、上司と部下としての適切な距離感を保ちたいみたいに大葉(たいよう)からスススッと離れた羽理に、そう思わずにはいられない。

 だからだ。
 悔しまぎれにも(手塩にかけて可愛がってもこの程度のレベルにしかなんねぇとか。ホントやり甲斐がねぇな、荒木(あらき)羽理(うり)よ)とか思って、自分を慰めてみたのは。

 それに――。
 五代に死ぬほど苦しい言い訳をしている羽理だって、化粧品売り場でファンデーション片手にそんなことを言っている時点で、相当無理があるではないか。

(生鮮食品はあっちの方ですよ、《《荒木さん》》♪)

 そんなあれやらこれやらを(せわ)しなく考えながら意地悪く生鮮食品売り場の方を指さした大葉(たいよう)に、羽理が、『分かってます! 分かってますけど……ごり押しで誤魔化すしかないじゃないですかぁっ!』と《《口パクで》》懸命に訴えてくる……。

「うっ」

 そのやや釣り気味の潤んだ目に一瞬で心を奪われてしまった大葉(たいよう)だ。
 
(くそぅ! 困り顔の羽理、めちゃくちゃ可愛いじゃねぇかっ!)

 惚れた弱みというべきか。オロオロする羽理の様子に、大葉(たいよう)は愛する彼女のため、一肌脱いでやらねば!という方向へ、ぐらりと天秤(てんびん)(かたむ)けた。
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