あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
「――っ‼︎」

 羽理(うり)は、自身も真っ裸のまま、驚きの余り声にならない悲鳴を上げて、一人アレコレ思い悩んで悶絶(もんぜつ)する。

 間近とはいえモアモアと湯気が立ち込める中でのパッと見なので絶対とは言えない。
 けれど、一五五センチの羽理より二〇センチぐらい大きく見えたその男には、既視感があって。

「ぶ、ちょ……?」

 自分の勤め先――青果専門に扱う商社『土恵(つちけい)商事』の総務部長・屋久蓑(やくみの)大葉(たいよう)に見えた。

(きっ、気のせいだよねっ⁉︎)

 当たり前だけど、屋久蓑(やくみの)部長と羽理は、一緒に風呂に入るような、そんな《《艶めいた》》間柄ではない。

 我が家へお招きしたこともなければ、社内で会話らしい言葉だってほとんど交わしたことすらないのだ。

 むしろ同じフロアに居てさえも、雲の上の人。ほぼほぼ接点のない相手。

 屋久蓑(やくみの)は、羽理の所属する財務経理課を取りまとめる総務部の部長様ではあるけれど、一介のペーペー社員である羽理が、部長様とお話をする機会なんて九分九厘(くぶくりん)ないわけで。

 実際今まで遠目にチラリとお姿を拝見することはあっても、「おはようございます」の一言すら交わしたことがなかった。


***


 突然の裸同士でのガチンコに驚いたのは、どうやら相手も同様だったらしい。

「ちっ、痴女(ちじょ)!」
 と失礼な言葉を残して、ピシャリと扉が閉ざされた。

(ちょっ、こっちは「部長」って呼ぼうとしたのに、「痴女」とかあんまりじゃないですかっ⁉︎)

 まぁ、羽理(うり)屋久蓑(やくみの)部長を知っていても、あちらは平社員の羽理のことなんて知らないだろうから仕方がない気もするのだが。

 何となく悔しいではないか。

 そう思ってムスくれた羽理の耳に、扉の向こうから「はぁ⁉︎ ちょっと待て。何だここはぁーっ!」という声が聞こえてくる。
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