あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 岳斗(がくと)が持参したケーキは、元々羽理(うり)のため《《だけ》》に買ってきたお見舞い品だ。

 自分が食べる予定などなかったし、もっと言うと羽理の家に羽理以外の誰かがいると言う想定もしていなかった。

 店頭では二個とも『荒木(あらき)さんが喜んでくれたら』と思って選んだものだったのだが――。

(もちろん、あわよくば『一緒に食べませんか?』って誘ってもらえたら嬉しいな?くらいの下心はありましたけど……)

 そんなことを考えながら、箱の中を覗き込む羽理をちらりと盗み見れば、むむぅっと真剣な顔をしてケーキを睨みつけている。

 それがたまらなく愛らしく見えてしまって、岳斗は余計に辛かった。

(ホント可愛いなぁ)

 そう実感させられると同時、(どう考えても今更僕になびいてくれるなんてないだろうなぁ)と、先程の大葉(たいよう)とのやり取りを見て入り込める余地がなさそうなことにガックリきたのを思い出す。


***


「何だ、まだ選んでなかったのか」

 ややして紅茶を()れてきたらしい大葉(たいよう)が、アールグレイと(おぼ)しき華やかな香りをさせながら戻ってきた。

(あれ? うちに紅茶なんてあったかな?)

 ふとそう思った羽理(うり)だったけれど、大葉(たいよう)のことだ。
 おそらく沢山持ってきた荷物の中にそんなものも忍ばせていたんだろう。

 ここへきてすぐ、岳斗(がくと)から恋人候補にして欲しいと迫られている自分を見て慌てた大葉(たいよう)が、車から取ってきたはずの荷物を玄関先へ放り出していたのを思い出した羽理は、今はその大半が空っぽだった冷蔵庫の中に納まっていることを知っている。

(あ……。そういえば私っ、課長の前で大葉(たいよう)に抱き締め……)

 思い出したら、大葉(たいよう)(たくま)しい腕の感触や力強さ、ふわりと香ってきた心地よい体臭や彼の温もりまでよみがえってきて『キャー!』と照れ臭くなってしまった。
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