あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
「――伯父さん?」

 つい考え込んでいたらしい。

 急に黙り込んでしまった恵介(けいすけ)を不審に思ったらしい七味(ななみ)に声を掛けられて、恵介は「あ、ごめん。ちょっと考えごとしちゃってた」と気持ちを切り替えたのだけれど。


 それから程なくしてのことだったのだ。

 新しく財務経理課長に就任したばかりの屋久蓑(やくみの)大葉(たいよう)が、土井社長の血縁だという噂が広まったのは――。


***


「結局ね、あの時のあれが倍相(ばいしょう)くんだという確証はなかったから……。僕は何も動かなかったんだけど」

 人の噂も七十五日――。
 普通ならある一定の期間を過ぎれば沈静化するはずの大葉(たいよう)への噂話が、何年経っても収まらなかったのはきっと。
 火種が消えかける度に《《誰かが》》新たな燃料を投下していたとしか思えないのだ。


倍相(ばいしょう)くんは凄く優秀な男だったし、社内での評判も悪くなかった。だから――」

 可愛い甥っ子の大葉(たいよう)を、針の(むしろ)から(すく)い上げてやりたいと言う気持ちも手伝って、恵介は倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)を異例のスピードで財務課長へと就任させたのだ。

 そう。
 それこそ甥っ子の大葉(たいよう)よりも若い年齢でそうさせたのには、岳斗(がくと)の実力もあったことは確かだが、恵介に〝大葉(たいよう)の伯父〟としての焦りがなかったとは言い切れない。

 仕事に関しては非情に徹してきた恵介が、身内の情にほだされて、大葉(たいよう)を現状から救ってやりたいと思わざるを得ないほどに、課長時代の大葉(たいよう)の立ち位置は苛烈を極めていたのだ。

 倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)が管理職に昇進した途端、不気味なくらい大葉(たいよう)への悪い噂も流れなくなったのは偶然だったのかどうか。

「ごめんね、たいちゃん。――確証がないからって放置してしまったけど、倍相(ばいしょう)くんがそれを知ってたってキミに言ってきたんだとしたら……。あれはやっぱり彼が僕たちの話を聞いてしまったのが原因だと思うんだ」

 そう話したら、大葉(たいよう)が「……何にせよ過ぎたことです」とつぶやいた。
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