あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
(この人には僕に対する愛情なんて一欠片(ひとかけら)もない)

 あるのはきっと、跡取りが必要だと言う純粋な己の欲望だけだろう。

 それぐらいしか、今まで放置していた自分のことを、〝オトウサン〟とやらが引き取ろうとしてくる理由なんてない気がした。

 それならば、いっそ――。
 多少(ゆが)んでいたとしても、自分に愛情を注いでくれる母親と一緒にいるほうが何倍もマシだ。

『嫌です。僕はお母さんが待つ家に帰らないといけないんです』

 じりじりと距離を詰めてくる眼鏡男から距離を取りながら岳斗(がくと)が言ったら、背後から『岳斗!』と自分を呼ぶ声がした。

 この雨の中、取るものも取り合えず走ってきたのだろう。事務服姿のまま傘が用をなしていないくらいびしょ濡れになっているのは、仕事で参観日には来られなかったはずの母・真澄(ますみ)だった。


***


 母は傘を投げ出して岳斗(がくと)の方へ駆け寄ると、キッと花京院(かきょういん)岳史(たかふみ)を睨み付けながら息子を自分の背後に庇った。

 母親が持っていた傘が放物線を描くように道路わきに転がるのが視界の端に見える。
 岳斗は土砂降りに濡れそぼる母の後ろ姿を傘を傾けてじっと見詰めた。

『そのお話はお断りしたはずです。この子は私が一人で産んで一人で育てた私の大切な息子です! 岳史(たかふみ)さんとは何の関係もありません!』

 その言葉を聞いて、岳斗は傘を放り出して母親にギュッとしがみついた。

『お母さん……!』

 どんな形であるにせよ、母は自分を目の前のオトウサンとやらより断然愛してくれているのだと感じられて、純粋に嬉しかったのだ。
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