あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 そこでグッとこぶしを握り締めて、何かを決意したようにじっと倍相(ばいしょう)から見詰められた大葉(たいよう)は、我知らず息を詰めた。

「ですが――もし……もしも……こんな僕のことを少しでも信じてやってもいいと思って頂けたなら……。僕は全力で今まで大葉(たいよう)さんにしてきたことの(つぐな)いをしたいと思っています。僕が手塩にかけて育ててきた荒木(あらき)羽理(うり)さんが幸せになれるお手伝いを……僕にもさせて欲しいんです。……ダメ、でしょうか……?」

 手塩にかけてきた、というのは羽理のことを気に入っていたという言葉の変換ではないだろうか?

「なぁ、倍相(ばいしょう)。お前、まだ羽理のこと――」

 そんなことを思ってしまった大葉(たいよう)は、本来ならば前半部分へ先に答えてやらねばならないと頭では理解しているのに、つい愛する羽理のことを先に聞いてしまったのだけれど。

「……? ああ、安心してください。荒木さんのことは可愛い部下だと思っていますが、本当にそれだけです。……実は先日、彼女の家で大葉(たいよう)さんから思いっきり牽制(けんせい)された時に()(もの)が落ちたみたいにストンと気持ちの整理がつきました。何て言うんでしょう? 僕が荒木さんに執着していたのはきっと……彼女が母子家庭だったからだなって思ったんです」

 倍相(ばいしょう)は、羽理の見た目が好みだったのもあって、元々羽理にはちょっぴり肩入れしていたのだが、上司としてそんな彼女と接する中で、羽理が自分と同じように片親家庭で育ってきたことを知ってからはその想いが加速した。

 自分が母と過ごしてきた……貧しかったけれど幸せだった幼少時代を羽理に重ねて、自分がもしも母親と引き離されずにあのまま過ごせていたならば、自分も彼女のように屈託なく笑える人間になれていたのだろうか?と思ったらつい目で追うようになっていたらしい。
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