あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
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 七味(ななみ)の話によると、あの後たまたま(?)うちの母親――屋久蓑(やくみの)果恵(かえ)――が有給消化のために早く帰宅したとかで、柚子(ゆず)羽理(うり)も実家へ引き留められているらしい。

(ってことは俺の車もまだ実家か)

 どうなっているのか聞きそびれて気になっていた愛犬キュウリは、大葉(たいよう)のマンションで留守番をしているとのことだった。
 今日は幸い現場仕事をしていないので、シャワーを浴びる必要もない。
 大葉(たいよう)は急いで帰宅するなりキュウリにご飯を与えると、散歩がてら愛犬と一緒に徒歩で実家へ向かうことにした。

 柚子はダメかも知れないので、母親に羽理を引き留めておいて欲しいとメッセージしたら、『任せといて!』という文言とともに、ものすごぉーくニマニマした表情(かお)のハチワレ猫スタンプが送られてきた。
 この感じ。絶対恵介伯父が大好きな妹へ『たいちゃん、結婚を前提に付き合っている女性がいるぞ?』とか何とか報告をしやがったな? と思って。こうなると、母親が《《たまたま》》早く帰って来たというのも妖しいこと極まりない。

 大葉(たいよう)は小さく吐息を落とすと、ご飯を食べ終えて大葉(たいよう)をじっと見上げてくるキュウリに、お散歩用のハーネスとリードを取り付けた。
 ピンク地の布に同色のフリルと、天使の羽根が付いたハーネスは、このところ羽理に(かま)け過ぎてちょっぴりおざなりにしてしまっていた愛犬(ひとり娘)のために、先日通販で取り寄せたばかりの品だ。

 それに、セットで売られていたピンクのリードを付けてから、
「ウリちゃん、パパを応援してくだちゃいね?」
 短くて太目な愛犬の足をキュッと握って勇気をもらった大葉(たいよう)は、結局今日一日着たまま過ごしたスーツ姿で家を出た。

 七味(ななみ)から、真摯(しんし)な態度で羽理に向き合うように言われた大葉(たいよう)は、気持ちを引き締めるためにもこのままの格好の方がいいと思ったのだ。
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