あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 ただ、自宅でミニチュアダックスのブラックタン、ロングコートの愛犬キュウリと(たわむ)れていて、いつも通り彼女のことを「ウリちゃん」と愛称で呼んだら、ふと就業後にフロアから聞こえてきた「荒木(あらき)さん、今日はこのあと僕と飲みに行きませんか?」という倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)の声が(よみがえ)ってきて。

 何だか分からないけれど無性にイラッとしたのだ。

 昼間、部長室で羽理(うり)小説(しゅみ)の話をしながら、倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)に憧れていて、彼をモデルにした話を一つ書いていると言ったのを聞いて以来、何故かモヤモヤとして。

「俺が主役の話はないのか」

 思わず聞いたら「そっ、そんなのっ、あ、あるわけないじゃないですかっ。バカなんですかっ!」とやけに激しく否定されたのも、何だかすごく腹立たしかったのだ。

 まぁ羽理とまともに話したのは、つい先日が初めてなのだから仕方がないとは思うものの、何だか納得がいかなかったのだから仕方がないではないか。

 部長室での会合の際、荒木(あらき)羽理(うり)にはちゃんと、「風呂に入る前には一報入れろ。俺も入る時は連絡するから」と言い聞かせておいたのに、二十二時半を回ろうかという今になってもメールのひとつも寄越さないのは、まさかまだ倍相(ばいしょう)課長と飲んでいる真っ最中ということだろうか。

「お前が帰って来ねぇと俺が安心して風呂、入れねぇだろ」

 ――俺はただ、お前と風呂に入る時間がかち合うのが嫌なだけだ。

 またお互いに裸で向き合ってしまったりしたら、思わず抱きしめたくなってしまうかも知れないではないか。

 羽理の前だと、日頃は割と淡白なはずの愚息がやたらと反応してしまうのも非常によろしくない。

 一度ならず二度・三度。部下の裸で自己処理をしてしまっただなんてバレたらマズすぎる。

(これ以上刺激を受けるわけにはいかねぇんだよ)

 屋久蓑(やくみの)大葉(たいよう)が、『猫娘』と言う名で登録した荒木(あらき)羽理(うり)に電話を掛けたのは、つまりはそういう理由なのだ。

 それ以上でも以下でもない。
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