生意気な後輩はどうやら私のことが好きらしい


そして、殺虫剤を構えたそのとき、

ヤツは飛んだ。

まるで大空を羽ばたくように。

あ、無理……。

これこのまま顔面に……。

思わずぎゅっと目を瞑る。

すると「あぶね」という言葉と同時に腕を強く引っ張られた。

「えっ、」

そのまま私は温かい胸の中にすっぽりとおさまる。

「先輩、これ借りるよ」

渚は私の手からスプレーを奪うと、廊下に飛んでいったヤツに噴射、その後ものの数秒で処理してしまった。

その姿に日向は「渚くん、かっこいい!」と大はしゃぎ。

そして、安心したのかリビングにアニメを観に行った。

「あの……ありが「危うく先輩の初キスがゴキブリに奪われるところだったね」

渚は手を洗いながらそんなことを言う。

「は、初キスって勝手に決めつけないでよ」

本当は素直にお礼を言いたかったのに、可愛げのない私はついつい言い返してしまう。

「じゃあ、あんの?キスしたこと」

「な、ないけど。悪かったわね」

だけど、昨日とは違う。

いつものような口喧嘩。

「別に?俺もないし」

意外な返答に思わず黙り込む私。

キスのひとつやふたつ、渚はとっくの昔に経験済みだと思っていた。
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