可憐な花は黒魔導士に二度恋をする
 馬車が着いた先は、わたしたちの「我が家」だった。
 実家へは御者に伝令を頼んでおいた。

 久しぶりの我が家は狭いながらもわたしのお気に入りのナチュラルな雑貨があふれる癒しの空間で、「帰って来た」という安心感に包まれた。
 遠征で家を空けることも多いため、居心地の良さに重きをおいている。

 この雰囲気を気に入ってくれたのか、シャドウは水を飲むとソファのクッションの上ですぐ寝てしまった。
 
「リナリィ」
 名前を呼ばれて返事をする前に、後ろからふわりと抱きしめられた。

 ハインツは片時も離れたくないというように、ずっとわたしに触れている。
 
「リナリィが足りなさ過ぎてどうにかなりそうだった」
「毎日会っていたわよね?」

「でも触れることができなかったから」
 そう言いながらハインツがわたしの髪に顔をうずめる。
 
「混乱するといけないから夫婦だったことを言ってはならないって口止めされていたんだ。そうしたらリナリィは、ハシェと恋人同士だったとかフレッドとどうのとか言い始めるし」
 ハインツの拗ねたような口調がおかしくて笑ってしまう。

 実は彼は、ちょっぴりシャイで、涙もろくて、すぐ拗ねる子供っぽい性格を隠すために寡黙なふりをしているのだ。
 わたしと一緒に研究室で過ごしていた時も、本当は触れたくて仕方なかったのに何も知らないわたしにそんなことをすればとんだハラスメントになってしまうため、限界まで我慢して不愛想に振る舞っていたという。

 一度だけ、あの熱烈なハグをされた時は、その限界を大きく超えてしまい衝動的に抱きしめてしまったんだとか。


 ハインツの腕をそっと外して向き直る。
 わたしをじっと見つめる深紫の瞳を見つめ返した。
「愛しています。これからもずっと」
「ああ、俺もだ。ずっと愛してる、リナリィ」

 ストロベリームーンの柔らかな月光に見守られながら、わたしたちはそっと口づけを交わしたのだった。

 
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