可憐な花は黒魔導士に二度恋をする
 広大な王宮内の一角にある魔導士棟、そのテリトリー内の植栽に隠れるように体を小さく丸めるリナリア・ローレンスの視線の先には、婚約者であるハインツ・エルシードが立っている。

 長身の彼が身に纏うローブの縁取りは、銀糸で植物のモチーフの刺繍が丁寧に施されている。
 この国の魔導士たちの階級は、この縁取りの色を見れば一目でわかるようになっており、上から順番に金・銀・紫・赤・緑、そして縁なしが一番下っ端だ。

 22歳という若さでの「銀縁」は、この階級制度が始まって以来の最速記録で、ハインツ・エルシードは「天才」「我が国始まって以来の逸材」と謳われている。
 その上、浮世離れした美貌の持ち主とあっては常に注目の的になってしまうのは仕方ないだろう。

 
 その彼が「ブフッ!」と吹き出して肩を揺らして笑っている様子を、リナリアは驚愕のあまり琥珀色の目を真ん丸に開いて覗き見ていた。

 滅多なことでは笑わないハインツ様が笑っている!?
 やっぱり、そういうことなんだわっ。

「珍しく楽しそうですね」
 ハインツの正面に立つ女性は同僚だろうか。
 声から察するに若そうだが、ローブが「赤縁」であるところを見るとそれなりの魔導士ということだ。

「可愛すぎると思ってね」
 彼はまだ喉をくつくついわせながら笑っている。
 リナリアの角度からは彼女の後ろ姿しか見えないが、おそらく可愛らしい女性なのだろう。

 リナリアはそんな二人をこれ以上見ていられないといった様子で目を伏せると、音を立てないようにそっとその場を離れた。
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