可憐な花は黒魔導士に二度恋をする
「きみの姿が見えたから、何をしているんだろうと思って追いかけて来たんだけど」
 そっちこそ何をしていたんだと問いたげな胡乱な目でリナリアを見下ろすハインツが首を傾げる。

 さらりと揺れる艶やかな黒髪や、顎にあてている綺麗な指先に思わず見惚れそうになって、いやいやそうじゃないと首を振って雑念を払ったリナリアは、口角を上げてにっこり笑った。

「クッキーを焼いたんです。それをお届けに上がりました。ちゃんと守衛さんにもそうお断りして入ってきていますのでご安心ください」
 こんなこともあろうかと、リナリアは誤魔化すためのクッキーを持ってきていた。
 手作りというのも嘘ではない。

 その包みを差し出すと、ハインツはそれを見下ろしながら尚も戸惑っている様子だ。
「えっと……それでなぜこんな場所に?」

「だから! ハインツ様を探していたんです!」
 深く追求されると都合の悪いリナリアが大きな声を出し、押しつけるようにクッキーの包みをハインツに渡すと、彼は少し驚いたような表情で目を瞬き始めた。
「もしかして師団長ではなく、俺にってこと?」

「もちろんです。婚約者なんですから!」
 胸を張って言ったリナリアだったが、ハインツの戸惑う様子を見て突然不安に陥った。

 甘いお菓子はお好きじゃなかったかしら。
 そういえば、天才魔導士だってことと浮気していること以外、この人のことを何も知らないわ。

「あの! クッキーがお好きでない可能性を失念しておりました。これは父に回しますので……」
 包みを返してもらおうと手を伸ばしたリナリアだったが、それよりも一瞬早くハインツが包みを頭上に持ち上げてしまった。
 背の高さも腕の長さも劣るリナリアが両手を精いっぱい伸ばしても到底届かない高さだ。

 え?これはどういう状況かしら。
 嫌いなクッキーを渡された腹いせに意地悪しているってこと?

 クッキーの包みを返してもらおうとリナリアが近づいたために、思いがけず至近距離で見つめ合うような形になった二人は、同時にそのことに気づいてバッと体を離した。

 ハインツ様の頬が微かに赤く染まっているような……?
 そう思っているリナリアの頬もまた真っ赤になっており、互いに火照った顔で再び見つめ合った後に同時に背中を向けた。

「甘いものは嫌いじゃない。ありがとう」
 背中越しに聞いた声はとても優しくて、リナリアがゆっくり振り返った時にはもうハインツは建物に向かって歩き出していた。


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