原田くんの赤信号
「そろそろ帰ろっかな」

 裸になったメロンシャーベットの棒を手に、わたしはベンチを立つ。

「食べたら即、帰宅かよ」
「うん」

 ぐうと鳴る腹の虫に、メロンパンにカレーパンに、そのうえシャーベットも食べたのにな、と刹那落ち込む。
 少しは痩せたい年頃だ。

 ベンチにお尻をつけたままの原田くんは、空っぽになったカップの中をスプーンでいじくりながら、白い溜め息をそこに落としていた。

「まだまだ俺、瑠美に話あるんだけどなあー」
「まだまだって言ったって、どうせさっきと同じ内容でしょ」
「おう」

 原田くんの肩書きが、『変な人』から『しつこい変な人』に変わりつつある。

 次に溜め息を吐いたのはわたし。

「もういいから、その話は。それより原田くんも、家帰って勉強でもしなよ。さっき学校で、英語の先生が言ってたじゃん。『明日はさっそく小テストしまーす』って。『去年の復習だー』って」

 上目でちらりとわたしを見た原田くんは、すぐにその視線をカップの中へと戻す。

「いいよそんなん、勉強なんか」
「あーあ、そんなこと言って。また前みたいに、最下位取るよお?」
「うるせえっ。瑠美も似たりよったりの点数だったじゃんか」
「そ、そうだけど。でも、だからこれから家に帰って、勉強するんだもんっ」

 わたしは、福井くんと釣り合う人になりたい。賢い彼に少しでも近づきたい。早く自分に自信をつけて、告白がしたい。

 いつまで経ってもベンチから腰を上げない原田くんを置き去りに、わたしは家へと歩き出す。

「ばいばい、原田くん」

 一度振り向き別れを告げると、原田くんは無言のまま、不機嫌そうに手を振るだけだった。
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