原田くんの赤信号
「福井の家?知ってるけど教えない」

 原田くんは、意地悪な人だ。

 次の日の昼休み。中庭に繰り出そうとする原田くんの手を掴んで東側の階段に呼び出すと、彼は喰い気味にそう答えた。

「福井の家なんか行く用ないだろ。学校で会えんじゃん」
「いや、そうなんだけど……」
「チョコなら学校で渡せよ」

 鋭い原田くん。わたしは「もうっ」と胸の前で拳を作る。

「バレンタインデーは日曜日だって教えてくれたのは原田くんじゃんっ。学校でなんか渡せないよ!」
「じゃあちょっと早いけど金曜日。それか月曜。チョコ渡すのなんて、いつでもいいだろ」
「当日がいいの!」
「はあ?」
「わたしは福井くんにちゃんと、二月十四日のその日にチョコを渡したいの!」

 思わず張り上げてしまった大声に、慌てて自分の口元を覆う。キョロキョロと辺りを見まわし人の有無を確認すると、小さく息を吐いて言った。

「お願いだから教えてよ……福井くんの家」

 だけど原田くんは変な人で意地悪な人だから、素知らぬ顔を見せてくる。

「やだ」

 原田くんの肩書きが、また増えた。彼は『意地悪で頭の良いしつこい変な人』だ。

「なんでよ……」

 わたしには怒りが込み上げた。

「なんでこんなに頼んでるのに、教えてくれないの?」

 友人の家を、友人に教えるだけ。どうしてそれほどまでかたくなに、首を横に振るのだ。

 原田くんは、一段わたしに近づき言った。

「じゃあこっちだって聞くけど。瑠美はさ、なんで俺がこんなに二月十四日遊ぼうって誘ってんのに、ちっともオッケーしてくれないの?」

 原田くんも少し、怒っている様子。
 負けない、と思った。
 わたしは強い口調を意識する。

「オッケーしてなくないじゃんっ。チョコ渡し終わってから、みんなでならいいよって言ったじゃんっ」
「俺は朝イチから瑠美に会いたいんだってば」

 原田くんの真面目でしかないその声のトーンに、わたしの胸は再びキュッと掴まれる。恋愛感情で言っているのではないことを、頭で理解をしていても。

「朝から会って、なにして遊ぶの」

 口調は強いまま。少し俯いて、聞いた。

「知らん。考えてない」
「じゃあ、どこで遊ぶの」
「知らん。べつに決めてない」
「何時から会うの」
「知らん」

 その時わたしの体が震えたのは、込み上げた怒りを抑えきれなくなったから。

「じゃあなんでわたしに会いたいの!」

 わたしはまたもや、大声を出した。
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