原田くんの赤信号
「は、原田くん!」

 週一回活動がある茶道部に在籍する美希ちゃんと部室前で別れ、ひとり正門を抜けると、目に飛び込んできたのは原田くんの丸まった背中。

「原田くん、待って!」

 気付けば彼を、呼び止めていた。

「瑠美……」

 振り向いた原田くんの目は、まだ赤みを帯びていた。
 彼へと駆け寄る間に、頭の中で言葉を整理する。

「あ、あのさ原田くんっ。わたしにこんなこと言われても、迷惑かもしれないんだけどさ……」

 今日一日中ずっと考えていた、原田くんを励ます方法。少ない知識からわたしが絞り出したものは、昔、お母さんがわたしにくれた言葉だった。

「辛い時は、明るい未来を想像すればいいんだよ!」
「え……?」

 その瞬間、原田くんの丸い目が、更に丸くなる。

「小学校の時ね、わたし、お母さんに言われたのっ。その日は自転車に乗る練習を朝からずっとしてたんだけど、何度も何度も転んじゃって」

 原田くんは、早口で喋るわたしの昔話を、静かに聞いてくれた。

「怪我はするし自転車にも傷がついちゃうしで、なんか段々と嫌になってきちゃって。『もうやめる!やりたくない!』ってたくさん泣いたんだ。お母さんがせっかく買ってくれた自転車も蹴っ飛ばしてさ。『自転車になんか乗れなくたっていい!』って怒鳴った。でもそしたらお母さん、こう言ったの。『乗れるようになった未来を想像しなさい』って。『今は辛くても、明るい未来のために頑張りなさい』って」

 身振り手振りを交えて、はしゃぐように話してみた。原田くんはそんなわたしを、じっと見つめている。

「だからね、原田くん。原田くんになにがあったのかはわからないけど、明るい未来を想像してみてよっ。今日より明日はきっと楽しいし、明日よりワクワクする明後日がやってくると思って」
「明るい、未来……?」
「そう!明るい未来!なんならもっと先に行って、将来夢を叶える自分でも想像してみれば?そしたらきっと気分も晴れ──」

 気分も晴れるよって、言いたかった。
 だけどそれは、ひざから崩れ落ちるようにしてしゃがみ込んだ原田くんを前にしたら、喉の奥底にしまわれた。
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