原田くんの赤信号
 道行く人はみんな、わたしたちを横目に見た。彼女が彼氏を泣かせている、カップルの大喧嘩にでも思えたのかもしれない。

「うっうっ……」としゃくり上げる原田くんは、小さな子供のようだった。そんな彼を面前に、普段人の目を気にする方のわたしでも、今だけは人目など気にならない。

 わたしは原田くんの前で腰を下ろすと、そっと彼の頭に手を置いた。

「原田くん」
「る、瑠美……」
「原田くんっ」
「ううっ……瑠美ぃっ……」
「原田くん……」

 お互いを呼び合うだけの時間が、しばし続く中、わたしはこんなことを願っていた。

 落ち着いて、原田くん。大丈夫、きっと原田くんなら乗り越えられるよ。だからどうか、涙よ止まれ。

 願いを込めながら、ただひたすらに撫でる原田くんの頭。

 すると、徐々に呼吸が落ち着いてきた原田くんはおもむろに、頭の上のわたしの手首を掴んで止める。
 そのままゆっくり顔を上げた彼は、その手を自身の頬にあてがった。

「あったけぇー……」

 わたしの手のひらには、原田くんの涙がたっぷりついた。
 秋風に吹かれた雫は冷たくて、感情的になったばかりの原田くんの頬は熱いから、どこか不思議な気分になる。

「あったかいんだな、瑠美って……」

 わたしの手に自身の手を重ねた原田くんは、ぴたりと頬に密着させる。そして真っ赤な瞳を相変わらずふたつ付けているくせに、安心したように微笑んだ。

「あったかい。瑠美ってあったかいな」って、何度かそう言って。

「原田くんのほっぺの方があったかいけど」
「いや、瑠美の方があったけーよ」
「そうかなあ。まあ、原田くんが流した涙はすごく冷たいけどね」
「わ、やば」

 もうたっぷりと泣き顔を見せたのだから、今更焦ることなどないと思うけれど、原田くんはいきなりあたふたし出した。

「うわうわっ、超みっともないじゃん、俺」
「みっともなくはないけど……」
「みっともねえよっ」

 わたしの手を咄嗟に離し、すくっと立ち上がった原田くんに続き、わたしもゆっくりと立ち上がる。
 制服の袖で目元を拭った原田くんは、ガサゴソとカバンの中身を漁っていた。

「ごめん瑠美っ。俺、ハンカチ持ってない」
「へ?」
「ティッシュもなにもねえし。ごめんな、手ぇ濡らしちゃって」
「あー」

 そう言われて、わたしは自分の手のひらに目を落とす。
 原田くんの涙で濡れているそれは、嫌でもなんともなかった。

「いいよ、べつに」
「でも……」
「全然気にならないもん」

 とても申し訳なさそうにする原田くんを見れば、どうしてだか笑みが溢れた。

「ふふふっ。わたし、あったかいから」
「え?」

 あったかいんだな、瑠美って。

 原田くんが嬉しそうにそう言ってくれたから、わたしはわたしが温かいことを、自慢に思えた。

「だから原田くんの涙、冷たくてちょうどいいんだよっ」

 得意気にそう言うと、原田くんも優しく微笑んでくれた。
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