原田くんの赤信号
「何度も言うけどね、わたしはその日、福井くんにバレンタインのチョコレートをあげたいの。だから他の予定は、その大事な予定が終わってからがいいの」

 今度は目を見てちゃんと言った。今度こそ原田くんの心に届きますようにと、そうお祈りして。

「なんで福井なの」

 が、しかし、全然届かない。

「ふ、福井くんが好きだから」
「好きな奴だから、バレンタインにチョコあげたいの?」
「う、うん」
「わざわざ休みの日に、家にまで行って?」
「そう」
「ふうん……」

 原田くんの揺蕩う瞳が一度しまわれて、時間をかけて開く。

「じゃあさ」

 観念したかと思いきや、ずいと顔を近づけた原田くんが突然わたしの視界で広がると、彼はわたしのあごに触れた。

「俺のこと、好きになってよ」
「え……」
「俺のこと好きになって、俺だけに瑠美のチョコをちょうだい」

 は?チョコ?
 べつに、そういうわけじゃない。

 わたしがチョコを欲しいのかと尋ねた時は、そんな返しをしてきたくせに。

 原田くんの真っ直ぐな眼差しに、今にも丸ごと吸い込まれそう。
 ドキドキとわたしの鼓動が今日の雨みたくさわぐのは、恋かと一瞬間違えそうになるほどだ。

 原田くんはわたしを好きじゃない。恋愛感情なんてない。それはもう、幾度も学んだ。

「す、好きになれるわけないじゃんっ」

 原田くんを遠ざけようと、わたしは彼の腕を掴む。けれど硬くて筋肉質なその腕はびくともしなくて、わたしたちは近距離を保ったまま。

「瑠美、俺のこと好きになってよ」
「な、ならないっ」
「付き合おう」
「い、嫌だっ!」

 なぜ、どうして。なんでわたしを好きではない原田くんと、原田くんを好きではないわたしが恋人同士にならなければいけないのだ。

 おかしいよ原田くん、変だよ原田くん!

「もう帰──」

 微動だにしない腕を諦めて、上半身ごと後ろに傾け逃げようとしたその瞬間。

「あ」

 そのまま頭からコンクリートに打ちつけてしまいそうになったわたしを、原田くんはその男の腕で、抱きかかえて防いだ。
< 27 / 102 >

この作品をシェア

pagetop