原田くんの赤信号
 覚悟が決まらぬままに、怯えからぎゅっと目を閉じてみたけれど、こつんと違和感を感じたのは、額の先だけだった。

「え……?」

 恐る恐る瞼を開くと、そこには呆れたように笑う原田くん。

「なーにビビってんの」
「え、だって……」
「俺、そこまでクズだと思う?」
「うん……」
「おい」

 原田くんと触れ合っている、額の先。そこへ熱が集まった。
 彼はそのまま話す。

「もし俺が本当にキスしてたら、どうしてた?」
「お、怒ってた」
「どうやって?」
「え、どうやって?」

 このやろーかな、と言うと、原田くんはまた笑う。

「なんだ、そのくらいで済むんだったら、唇奪っちゃえばよかったよ」

 そっと離れていく原田くんの額。遠ざかる彼の唇を、目で追った。

 よいしょと立ち上がった原田くんは、軒から空の下へと顔を出す。

「よし、すっかりやんだなー。帰るかあ」

 その言葉に、わたしもすかさず空を見た。
 そこに広がるは青い空。いつの間にやら雲ははけ、優しい光が大地を照らす。

 原田くんの宣言通り、雨はやんだ。

「ほ、本当にやんだ……」

 信じられんと言わんばかりに、落ちる雫がどこかにないかと探していると、原田くんはまた「おい」と言う。

「言っただろ?すぐやむって」
「う、うん」
「焦って帰らなくてよかったな」
「そう、だね」

 さっきまでの雨が、嘘のよう。

「じゃあな。また明日」

 そして、さっきまでの原田くんも嘘のよう。
 彼は、青い空にも似た笑顔で手を振った。
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