原田くんの赤信号
「こ、ここで、ばいばいしよっ?」

 わたしが焦慮したのは、うっかり自宅まで、原田くんと一緒に歩んでしまいそうになったから。

「ばいばいっ。また明後日の月曜日にっ」

 家の場所を知られてしまえば、原田くんはきっと来る。二月十四日の朝一番に「今日遊ぼ」とやって来る。

 常識のある人ならば、約束もしていない、むしろ断られた人間の家には絶対行かないのだろうけれど、原田くんはそんなことお構いなしで、行くんだ。

 だって、原田くんは変だから。

 別れを告げたのは、いつだかに原田くんとアイスを食べた公園の前だった。幼い子供たちが、母らしき人に帰りを促されている。

 夕焼けに重なる、原田くんの赤いキャップ。

 そっとポケットから手を抜いた原田くんは、「ばいばいの前にひとつだけいいですか」と変に畏まってきた。

「な、なに?」
「万が一でも望みが残ってるなら、その可能性だって俺は惜しいから。言っていい?」

 また真面目な顔。真剣そのもの。
 わたしはごくんと唾を飲む。

「バレンタインの日、福井の家に行かないで欲しい」

 何度も何度も、何十回断ったって、原田くんの願いはこればかり。

「お願いだから瑠美、その日は朝から俺といようよ」

 原田くんは、福井くんの家にわたしを行かせたくないって、ただそれだけ。

「二月十四日、俺と過ごして下さい。俺はずっと、瑠美といたいです」

 けれどそれを口にされる度に、胸が苦しくなるのはどうしてだろう。

 わたしを好きじゃない原田くん。
 原田くんを好きじゃないわたし。

 そのはずなのに。
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