原田くんの赤信号
 原田くんは、わたしの家の玄関前でしゃがんでいた。スマートフォンを弄っているわけでもなく、本を読むでもなく、赤いマフラーを巻いた彼と、扉を開けた瞬間に目があった。

 原田くんの手には、一本のビニール傘。天気博士の本日の予報は雨らしい。見上げた先には雲ひとつとしてない青空が、鮮やかに広がっているのに。

 立ち上がらず、そのままの体勢で、原田くんは微笑んだ。

「あはは、なに今日の瑠美。めっちゃ可愛いじゃん」

 わたしの精一杯のオシャレを見てそう言ってくれた原田くん。
 トクンと胸の奥から音が聞こえ、わたしは胸元に手を運ぶ。

 嬉しい、だけど。

 わたしはその時感じた疑問を口にした。

「なに、してるの原田くん……」

 原田くんに、自宅の場所は知らせていない。教えてくれと言われた時も、思わず一緒に帰ってしまいそうになった時も、わたしは彼を突っぱねた。
 それなのにどうして、どうして今ここに、原田くんはいるのだろう。

「瑠美を待ってた」

 約束もしていない、バレンタインデー。わたしの家へ来たところで、もう予定は変えられないのに。

「どうして、わたしの家……」
「そんなの瑠美と同じやり方だよ」
「え……」
「高校の奴等に見られてたぞ。福井のこと、美希と尾行してたの。瑠美たちもクノイチの才能あるけどさ、俺も忍者の才能あるかもなー。だって瑠美、全然背後の俺に気付かなかったもん」

 狼狽えるわたしの前、原田くんはわたしを見上げながら、へへっと赤く染まった鼻を掻いた。
 二月の寒空の下、一体いつからここでこうしていたのだろう。

 原田くんの体調だって心配したくなるのに、彼は穏やかすぎる表情で、わたしにこう言った。

「福井の家、行くんだよね?」

 サラッと吹いた冷たい朝の風が、原田くんの髪をなびかせる。

「う、うん……行こうと思うけど」

 それはわたしの髪も然り。せっかくセットしたヘアが崩れることを懸念したわたしは、手で頭を押さえつけた。
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