原田くんの赤信号
「原田くん。また来ちゃった」
窓辺に置かれている花瓶には、赤色した紫陽花が咲いていた。そういえば、以前ここを訪れた時も、赤い花が咲いていたかもしれない。
原田くんを愛するみんなは、彼の好きな色をちゃんとわかっている。
カバンを床に置き、原田くんに話しかける。
「原田くん。今日は外、すっごく暑いんだよー。ここは涼しくていいねえ」
ピッピ、ピッピ。
わたしが何を話しかけようが、返事はこれだけ。感情の感じられない、電子音だけ。
「これから夏にかけて、もっと暑くなるのかなー。地球温暖化、いい加減にして欲しいよねっ」
ピッピ、ピッピ。
虚しくなる。
いつもは他に誰かしらがいるから、なんだかんだ言っても賑やかな病室になるけれど、原田くんとふたりきりでは、こんなにも静まり返るのだと思い知らされる。
やたらと耳につく、電子音。だけどこれが、原田くんの生を知らせてくれている。
「ねえ、原田くん」
丸椅子に腰をかけて、原田くんの顔を覗き込んだ。
穏やかなそのさまは、まるで今すぐにでも「おはよう」だなんて言いながら、むくっと起き上がりそうだ。
ねえねえ。瑠美ってオオハラ?オオバラ?
あの頃に戻りたいと、心の底から深く思った。
滲む視界。整えきれずに、一方的に会話を進める。
「ねえ原田くん。わたし本当はね、原田くんにもチョコをあげたくって、一生懸命作ったんだよ。なのにちっとも原田くんが目を覚ましてくれないから、ずっと冷蔵庫にしまってあったの。だけどさすがにもう、捨てちゃった。保存料とか入っていない手作りだとね、そんなに日にち、もたないんだって」
ピッピ、ピッピ。
わたしは続ける。
「ダメになっちゃったチョコは捨てちゃったんだけどね、でもせっかく原田くんのために選んだ包装紙だから、箱やラッピンググッズはそのままとっておいてあるんだ。ほら、原田くんって赤色が好きじゃん。だから赤色のやつ。いつかまたわたしがチョコを作ったら、それで包むから、そしたら原田くん受け取ってくれるよね?」
ピッピ、ピッピ。
「ねえ原田くん……」
ほっとしたような寝顔。そんなのもういいから、早く起きてよ。
「ショッピングモールで一緒に買い物した時、原田くん言ってたよね……」
ピッピ、ピッピ。
物言わぬ原田くんを前に思い出を振り返るだけで、涙は落ちる。
「『なんとなく欠かせないものが、本当に好きなものなんだろうな』って。『好きだとは気付いてなかったけど、好きって意味だよな』って……原田くん、そう言ってたよね……」
俺の人生にはさ、たぶん赤色って欠かせないんだ。
無意識だった。ひょっとしたら好きなのかもな。
ねえ、原田くん。
「わたしにとってそれは、それは……」
あなただった。
ガタンと椅子から体が落ちて、白い布団をわし摑む。その下にあるのは、原田くんの温もり。
生きている。原田くんは生きているのにっ。
「原田くん、原田くん、原田くんっ」
どれだけ揺さぶろうとも、彼は起きてはくれやしない。
「原田くん、原田くんっ……」
ここにいるのに、いない。そんな寂しい感覚に襲われてしまう。
「原田くんってばっ……」
原田くんを信じてあげられなかった後悔は、きっと一生だって、続くだろう。
窓辺に置かれている花瓶には、赤色した紫陽花が咲いていた。そういえば、以前ここを訪れた時も、赤い花が咲いていたかもしれない。
原田くんを愛するみんなは、彼の好きな色をちゃんとわかっている。
カバンを床に置き、原田くんに話しかける。
「原田くん。今日は外、すっごく暑いんだよー。ここは涼しくていいねえ」
ピッピ、ピッピ。
わたしが何を話しかけようが、返事はこれだけ。感情の感じられない、電子音だけ。
「これから夏にかけて、もっと暑くなるのかなー。地球温暖化、いい加減にして欲しいよねっ」
ピッピ、ピッピ。
虚しくなる。
いつもは他に誰かしらがいるから、なんだかんだ言っても賑やかな病室になるけれど、原田くんとふたりきりでは、こんなにも静まり返るのだと思い知らされる。
やたらと耳につく、電子音。だけどこれが、原田くんの生を知らせてくれている。
「ねえ、原田くん」
丸椅子に腰をかけて、原田くんの顔を覗き込んだ。
穏やかなそのさまは、まるで今すぐにでも「おはよう」だなんて言いながら、むくっと起き上がりそうだ。
ねえねえ。瑠美ってオオハラ?オオバラ?
あの頃に戻りたいと、心の底から深く思った。
滲む視界。整えきれずに、一方的に会話を進める。
「ねえ原田くん。わたし本当はね、原田くんにもチョコをあげたくって、一生懸命作ったんだよ。なのにちっとも原田くんが目を覚ましてくれないから、ずっと冷蔵庫にしまってあったの。だけどさすがにもう、捨てちゃった。保存料とか入っていない手作りだとね、そんなに日にち、もたないんだって」
ピッピ、ピッピ。
わたしは続ける。
「ダメになっちゃったチョコは捨てちゃったんだけどね、でもせっかく原田くんのために選んだ包装紙だから、箱やラッピンググッズはそのままとっておいてあるんだ。ほら、原田くんって赤色が好きじゃん。だから赤色のやつ。いつかまたわたしがチョコを作ったら、それで包むから、そしたら原田くん受け取ってくれるよね?」
ピッピ、ピッピ。
「ねえ原田くん……」
ほっとしたような寝顔。そんなのもういいから、早く起きてよ。
「ショッピングモールで一緒に買い物した時、原田くん言ってたよね……」
ピッピ、ピッピ。
物言わぬ原田くんを前に思い出を振り返るだけで、涙は落ちる。
「『なんとなく欠かせないものが、本当に好きなものなんだろうな』って。『好きだとは気付いてなかったけど、好きって意味だよな』って……原田くん、そう言ってたよね……」
俺の人生にはさ、たぶん赤色って欠かせないんだ。
無意識だった。ひょっとしたら好きなのかもな。
ねえ、原田くん。
「わたしにとってそれは、それは……」
あなただった。
ガタンと椅子から体が落ちて、白い布団をわし摑む。その下にあるのは、原田くんの温もり。
生きている。原田くんは生きているのにっ。
「原田くん、原田くん、原田くんっ」
どれだけ揺さぶろうとも、彼は起きてはくれやしない。
「原田くん、原田くんっ……」
ここにいるのに、いない。そんな寂しい感覚に襲われてしまう。
「原田くんってばっ……」
原田くんを信じてあげられなかった後悔は、きっと一生だって、続くだろう。