秘めた恋はデスクに忍ばせた恋文から始まる
「元気になってよかったね……」

 シュリは温室の奥にひっそり咲いている、青い花を指先でつつく。小さな花びらは澄み切った空のように青々とし、ほのかにフルーティーな香りが漂う。
 この花は絶滅危惧種に指定されている太古の花で、平和の象徴にもされている。
 調査隊が山岳地帯に咲いていたのを採取してきたもので、温度管理されたガラスケースの中で栽培しているのだ。
 ガラスケースの上部にある空洞から吹き出た霧吹きにあてられ、花びらがさわさわと揺れる。
 その様子を見ながら、シュリは改めて安堵した。

 今から遡ること一ヶ月前、この花は一度枯れかけたことがある。

 室長に見てもらったけど、もう手遅れだと言われた。でも、どうしても諦められなくて。
 同じ研究室に籍を置くミハイル・ヴェルディークに助けを求めたのだった。
 ミーティングの後、シュリは彼のデスクに手紙を残した。
 いつ見るかもわからない。中身を確認せずに、捨てられるかもしれない。

 でも、もしかしたら。

 天才の手にかかれば、不可能なことでさえ可能になるかもしれない。
 そんな淡い期待と不安を抱えながら、お昼休みにお弁当箱を取りにロッカーの前に立つと、そこに手紙が挟まっていた。水色の手紙には、教科書のようにきれいな文字で「三日、時間がほしい」とだけ書かれていた。

 そして、三日後。奇跡は起きなかった。

 しかし、その数週間後、土だけになったガラスケースの中に小さな芽がひょっこり出ていた。調べると、止めたはずの灌水のローテーションがオンになっていた。
 じれったい数日を乗りこえた先には、あのときの花が小さく咲いていた。
 ミハイルにお礼の手紙を認めたけど、結局、今も返事は来ていない。
< 3 / 7 >

この作品をシェア

pagetop