秘めた恋はデスクに忍ばせた恋文から始まる
「はあ。一体何がどうなっているのよ。あの子がミハイル先輩? 何の冗談なの……」
大きな独り言をつきながら、定規を片手に温室の中を順番に見ていく。そして、測った長さを記録ボードに書き込んでいく。
ブライアンにはデータの集計を頼んである。今ごろ、パソコンの前でグラフデータと格闘しているはずだ。
「ねえねえ」
「……うわぁ! はっ!?」
「よかった、やっと気づいてくれた」
白衣を着たミハイルが白い歯を見せて笑う。
子ども特有の笑みに一瞬呆けて、驚きや戸惑いが薄れる。
「……って、どこから来たの!?」
「種明かしはこれだよ」
「布……?」
肘にかけてある灰色の布は毛布ぐらいの大きさで、子どもの体には少し大きい。ミハイルは慣れた様子でそれを両手で広げ、よいしょ、と肩に羽織る。
「これを被ると……ほら」
「!??」
毛布が頭を覆ったと思ったら、彼の姿が消えた。
目をゴシゴシとこするが、さっきまであったミハイルの姿形がない。
一体どこに……と思ったところで、毛布を脱いだ彼の姿が目の前に現れる。
「……えええええ!」
「どう? 驚いた?」
「……驚き……ました……」
幻覚の一種だろうか。呆然と答えると、悪戯が成功したみたいな笑顔と目が合う。
「そう? よかった」
「……いや、よくないから! なにあれ? 一体何が起きたのっ」
興奮して詰め寄ると、ミハイルはわずかに後退した。
「お、落ち着いて。はい、息をいっぱい吸って、吐いて。また吸って、吐いてー」
「…………」
「落ち着いた?」
「……さっきのは夢?」
「いや、現実」
ばっさりと切り捨てられて、うらみがましく見つめてしまう。
ミハイルは悪気のない笑顔で言葉を続ける。
「僕、実は毎朝ミーティングに出ていたんだよね。シュリさんの後に部屋に入っていってたんだけど、気づいてなかった?」
「いやいや、気づくわけがないでしょ! 見えないように隠れていたんじゃ!」
「……そっか」
心なしか残念そうに言われて、気づかなかった自分が悪いのか?と疑問に思ってくる。一方のミハイルはすぐに立ち直ったらしく、毛布を折りたたみながら説明を始めた。
「あ、ちなみにこの『隠れ蓑』については、室長は知っているよ。もちろん、僕がミーティングに出席していたこともね」
「……どうして、室長は教えてくれなかったの……」
「それは僕が口止めしてたからだよ。これが知られたら、身動きが取りにくくなっちゃうし」
どういうことだ、と視線で問うと、ミハイルは肩をすくめてみせる。
「実はさ。これを使うことを承諾する代わりに、研究所の所長と取り引きを交わしていてね」
「……取り引き? 所長と?」
「うん。最先端の研究のため、研究所には莫大な国家予算が組まれている。だけどね、中には、それを私利私欲に使う人もいるわけだよ。僕が複数の部署に籍を置いている理由には、それも含まれている。内部告発用の諜報員って感じかな?」
「……そうだったの……」
上層部がすでに認識して許可しているのであれば、シュリがとやかく言う権利はない。
知らず落ち込んでいると、ミハイルが焦ったように言葉を足した。
「まあ、最近は君を専ら観察していたわけだけど」
「……は?」
「シュリさんを一ヶ月間観察していて、気づいたことがあるんだけど。発表してもいい?」
「いやいや。ちょっと待って!? 観察ってどういうこと!? 一ヶ月間!?」
「そこに反応するんだ……」
目を細められ、取り乱した自分が恥ずかしくなってくる。
大きな独り言をつきながら、定規を片手に温室の中を順番に見ていく。そして、測った長さを記録ボードに書き込んでいく。
ブライアンにはデータの集計を頼んである。今ごろ、パソコンの前でグラフデータと格闘しているはずだ。
「ねえねえ」
「……うわぁ! はっ!?」
「よかった、やっと気づいてくれた」
白衣を着たミハイルが白い歯を見せて笑う。
子ども特有の笑みに一瞬呆けて、驚きや戸惑いが薄れる。
「……って、どこから来たの!?」
「種明かしはこれだよ」
「布……?」
肘にかけてある灰色の布は毛布ぐらいの大きさで、子どもの体には少し大きい。ミハイルは慣れた様子でそれを両手で広げ、よいしょ、と肩に羽織る。
「これを被ると……ほら」
「!??」
毛布が頭を覆ったと思ったら、彼の姿が消えた。
目をゴシゴシとこするが、さっきまであったミハイルの姿形がない。
一体どこに……と思ったところで、毛布を脱いだ彼の姿が目の前に現れる。
「……えええええ!」
「どう? 驚いた?」
「……驚き……ました……」
幻覚の一種だろうか。呆然と答えると、悪戯が成功したみたいな笑顔と目が合う。
「そう? よかった」
「……いや、よくないから! なにあれ? 一体何が起きたのっ」
興奮して詰め寄ると、ミハイルはわずかに後退した。
「お、落ち着いて。はい、息をいっぱい吸って、吐いて。また吸って、吐いてー」
「…………」
「落ち着いた?」
「……さっきのは夢?」
「いや、現実」
ばっさりと切り捨てられて、うらみがましく見つめてしまう。
ミハイルは悪気のない笑顔で言葉を続ける。
「僕、実は毎朝ミーティングに出ていたんだよね。シュリさんの後に部屋に入っていってたんだけど、気づいてなかった?」
「いやいや、気づくわけがないでしょ! 見えないように隠れていたんじゃ!」
「……そっか」
心なしか残念そうに言われて、気づかなかった自分が悪いのか?と疑問に思ってくる。一方のミハイルはすぐに立ち直ったらしく、毛布を折りたたみながら説明を始めた。
「あ、ちなみにこの『隠れ蓑』については、室長は知っているよ。もちろん、僕がミーティングに出席していたこともね」
「……どうして、室長は教えてくれなかったの……」
「それは僕が口止めしてたからだよ。これが知られたら、身動きが取りにくくなっちゃうし」
どういうことだ、と視線で問うと、ミハイルは肩をすくめてみせる。
「実はさ。これを使うことを承諾する代わりに、研究所の所長と取り引きを交わしていてね」
「……取り引き? 所長と?」
「うん。最先端の研究のため、研究所には莫大な国家予算が組まれている。だけどね、中には、それを私利私欲に使う人もいるわけだよ。僕が複数の部署に籍を置いている理由には、それも含まれている。内部告発用の諜報員って感じかな?」
「……そうだったの……」
上層部がすでに認識して許可しているのであれば、シュリがとやかく言う権利はない。
知らず落ち込んでいると、ミハイルが焦ったように言葉を足した。
「まあ、最近は君を専ら観察していたわけだけど」
「……は?」
「シュリさんを一ヶ月間観察していて、気づいたことがあるんだけど。発表してもいい?」
「いやいや。ちょっと待って!? 観察ってどういうこと!? 一ヶ月間!?」
「そこに反応するんだ……」
目を細められ、取り乱した自分が恥ずかしくなってくる。