秘めた恋はデスクに忍ばせた恋文から始まる
(私のほうが大人なんだから、ここは落ち着いて……大人らしさを見せつけないと)
意気込むシュリをからかうように、ミハイルが一歩近づく。
「そもそも、僕は他人に興味がないし、興味も持たれたくないんだよね。人並みにコミュニケーションはできるけど、わずらわしい人間関係に振り回されるのは真っ平だから、会話が苦手なフリをしていたんだ」
思い当たる節があるので黙ると、ミハイルがさらに一歩距離を縮めてくる。
ルビーのような赤い瞳に見上げられ、シュリはどこかに身を隠したくなった。このまま聞いていると逃げられない予感がしたから。
「でも、シュリさんは違った」
「……どういうこと?」
「僕の肩書きなんてどうでもよくて。植物のことが、仕事が、好きな人間だよね。シュリさんみたいなタイプは初めてだった。だから逆に興味を持った。……君に頼まれた青い花を生き返らせた後、僕の机をしきりに気にしていたよね」
「あ、あれは……」
目線を上げると、いつの間にか、間近まで距離が縮まっていた。
その事実に息をのむと、ミハイルがたたみかけるように言う。
「返事を待ってくれていたんだよね?」
「…………気づいてて、ずっと放っておくのはどうかと思います」
「ごめんね。今まで、女性から好意をもらうのは面倒事に巻き込まれるだけだったから、警戒していたんだ。だから君の意図を推し量るためにも観察していたんだ」
ミハイルはこの王立研究所の期待の星だ。
一時、彼を巡って誰が彼のハートを射止められるか、熱烈な競争があった。自分より大人の女性の醜い争いを見て、恋愛事に辟易するのは自然なことだと思う。
「というか、シュリさんは僕を同じ研究員だと思っていなかったでしょ? 僕も朝は挨拶するので精一杯だったし。スマートに挨拶しようと練習していたのに、いつもシュリさんが現れると予行練習なんて全部頭から吹き飛んでしまうし……」
ミハイルは恥ずかしそうに視線をそらし、どことなく耳の上部も赤く見える。
年相応の反応に、なぜかシュリまで気恥ずかしくなる。
気まずい沈黙が漂ったが、ミハイルは開き直ったようにシュリと視線を合わせる。
「挨拶した後、いつも呆気にとられていたみたいだけど、そんな姿も魅力的だと思ったんだ。……シュリさん、僕は君が好きみたいだ」
「…………え?」
「僕が観察するに、シュリさんも『ミハイル先輩』が気になっていたようだけど。幸運なことに、僕がそのミハイルだし。つまり、僕たちは両思いってことだよね」
「いやいやいや、ちょっと待とう!」
熱弁にストップをかけられたことで、ミハイルは不服そうに口を尖らせた。
「何か反論意見が?」
「確かに、私はミハイル先輩に会ってみたいと思っていました。でも恋の対象としてではなく、職場の先輩に対する単なる憧れです!」
「……うん? 僕の聞き間違いかな……」
こめかみを押さえ、ミハイルは信じられない様子でよろめいた。
これはもう一息だと、シュリは拳を握った。過ちは正さなければならない。
「憧れと恋は別物なので! つまり、先輩の一方的な片思いってことです!」
「……なんだって……?」
「私たちは両思いでも何でもありません。ただの先輩と後輩です」
「……両思いでは……ない?」
「そうです」
「本当の本当に?」
「だから、さっきからそう言って……」
言い終わる前に左手を取られる。必死な顔で、両手で握りしめられた。
「わかった。じゃあ、共同研究はどう!? 今、取りかかっている研究を共同名義で発表しよう。そうしたら、君の名前も一躍有名に……」
「ばかにしないでください! 人の手柄を自分のものにするなんて、研究者の風上に置けない真似、できるわけないでしょう!」
「え、え、でも……」
なおも言い募ろうとする気配に、シュリの堪忍袋の緒が切れた。
「やだもう、信じらんない! あなたなんか、好きじゃありません!」
「えっ……!?」
「好きだったのかもしれないけど、たった今、嫌いになりました!」
「……え、これ、何の冗談?」
呆然としたつぶやきに意識を現実に戻し、シュリは早口でまくしたてる。
「も、もう関わらないでください!」
顔から火が噴きそうになり、くるりと踵を返す。
ショックを受けた顔がかわいいと思ってしまうなんて、自分はどうしてしまったのだろう。
(こんな、あどけない顔で立ち尽くす子ども相手に? あり得ない……あり得ないから!)
これ以上の会話なんて無理だ。そう悟ったシュリは脱兎のごとく、その場から逃げ出した。
「シュリさんってば、待ってよ!」
後ろから追いかけてくる気配がするが、走るスピードをさらに速くした。
いくら精神年齢が高かろうと、彼の身長はシュリよりだいぶ低い。しかも根っからの研究者ということもあり、ミハイルは体力がないはずだ。
案の定、食堂裏を通り過ぎたときには、その影は完全に見えなくなっていた。
けれども、つかまる危険性がなくなったのに、シュリの足は止まらない。目的もなく、ただ突っ走る。
(もうもうもう……! どこの世界に、無自覚だった恋心を暴かれて喜ぶ女性がいるの……!?)
この憤りは簡単に収まるはずがない。
それに何より、自分より年下の男の子に心の鐘を鳴らされたことに、気持ちが追いつかなかった。
意気込むシュリをからかうように、ミハイルが一歩近づく。
「そもそも、僕は他人に興味がないし、興味も持たれたくないんだよね。人並みにコミュニケーションはできるけど、わずらわしい人間関係に振り回されるのは真っ平だから、会話が苦手なフリをしていたんだ」
思い当たる節があるので黙ると、ミハイルがさらに一歩距離を縮めてくる。
ルビーのような赤い瞳に見上げられ、シュリはどこかに身を隠したくなった。このまま聞いていると逃げられない予感がしたから。
「でも、シュリさんは違った」
「……どういうこと?」
「僕の肩書きなんてどうでもよくて。植物のことが、仕事が、好きな人間だよね。シュリさんみたいなタイプは初めてだった。だから逆に興味を持った。……君に頼まれた青い花を生き返らせた後、僕の机をしきりに気にしていたよね」
「あ、あれは……」
目線を上げると、いつの間にか、間近まで距離が縮まっていた。
その事実に息をのむと、ミハイルがたたみかけるように言う。
「返事を待ってくれていたんだよね?」
「…………気づいてて、ずっと放っておくのはどうかと思います」
「ごめんね。今まで、女性から好意をもらうのは面倒事に巻き込まれるだけだったから、警戒していたんだ。だから君の意図を推し量るためにも観察していたんだ」
ミハイルはこの王立研究所の期待の星だ。
一時、彼を巡って誰が彼のハートを射止められるか、熱烈な競争があった。自分より大人の女性の醜い争いを見て、恋愛事に辟易するのは自然なことだと思う。
「というか、シュリさんは僕を同じ研究員だと思っていなかったでしょ? 僕も朝は挨拶するので精一杯だったし。スマートに挨拶しようと練習していたのに、いつもシュリさんが現れると予行練習なんて全部頭から吹き飛んでしまうし……」
ミハイルは恥ずかしそうに視線をそらし、どことなく耳の上部も赤く見える。
年相応の反応に、なぜかシュリまで気恥ずかしくなる。
気まずい沈黙が漂ったが、ミハイルは開き直ったようにシュリと視線を合わせる。
「挨拶した後、いつも呆気にとられていたみたいだけど、そんな姿も魅力的だと思ったんだ。……シュリさん、僕は君が好きみたいだ」
「…………え?」
「僕が観察するに、シュリさんも『ミハイル先輩』が気になっていたようだけど。幸運なことに、僕がそのミハイルだし。つまり、僕たちは両思いってことだよね」
「いやいやいや、ちょっと待とう!」
熱弁にストップをかけられたことで、ミハイルは不服そうに口を尖らせた。
「何か反論意見が?」
「確かに、私はミハイル先輩に会ってみたいと思っていました。でも恋の対象としてではなく、職場の先輩に対する単なる憧れです!」
「……うん? 僕の聞き間違いかな……」
こめかみを押さえ、ミハイルは信じられない様子でよろめいた。
これはもう一息だと、シュリは拳を握った。過ちは正さなければならない。
「憧れと恋は別物なので! つまり、先輩の一方的な片思いってことです!」
「……なんだって……?」
「私たちは両思いでも何でもありません。ただの先輩と後輩です」
「……両思いでは……ない?」
「そうです」
「本当の本当に?」
「だから、さっきからそう言って……」
言い終わる前に左手を取られる。必死な顔で、両手で握りしめられた。
「わかった。じゃあ、共同研究はどう!? 今、取りかかっている研究を共同名義で発表しよう。そうしたら、君の名前も一躍有名に……」
「ばかにしないでください! 人の手柄を自分のものにするなんて、研究者の風上に置けない真似、できるわけないでしょう!」
「え、え、でも……」
なおも言い募ろうとする気配に、シュリの堪忍袋の緒が切れた。
「やだもう、信じらんない! あなたなんか、好きじゃありません!」
「えっ……!?」
「好きだったのかもしれないけど、たった今、嫌いになりました!」
「……え、これ、何の冗談?」
呆然としたつぶやきに意識を現実に戻し、シュリは早口でまくしたてる。
「も、もう関わらないでください!」
顔から火が噴きそうになり、くるりと踵を返す。
ショックを受けた顔がかわいいと思ってしまうなんて、自分はどうしてしまったのだろう。
(こんな、あどけない顔で立ち尽くす子ども相手に? あり得ない……あり得ないから!)
これ以上の会話なんて無理だ。そう悟ったシュリは脱兎のごとく、その場から逃げ出した。
「シュリさんってば、待ってよ!」
後ろから追いかけてくる気配がするが、走るスピードをさらに速くした。
いくら精神年齢が高かろうと、彼の身長はシュリよりだいぶ低い。しかも根っからの研究者ということもあり、ミハイルは体力がないはずだ。
案の定、食堂裏を通り過ぎたときには、その影は完全に見えなくなっていた。
けれども、つかまる危険性がなくなったのに、シュリの足は止まらない。目的もなく、ただ突っ走る。
(もうもうもう……! どこの世界に、無自覚だった恋心を暴かれて喜ぶ女性がいるの……!?)
この憤りは簡単に収まるはずがない。
それに何より、自分より年下の男の子に心の鐘を鳴らされたことに、気持ちが追いつかなかった。