秘めた恋はデスクに忍ばせた恋文から始まる
 翌日の朝、ミハイルと出会うことはなかった。誰ともすれ違うことなく、研究棟に入る。

(ひょっとしなくとも、避けられているのかな……)

 そう思うと、足取りが自然と重くなった。
 温室の植物に異常がないかをチェックして、植物再生研究室に向かう。

「おはようございます」

 ドアノブを開けると、室長と目が合った。

「おはよう、シュリ。今日は疲れた顔ね。ちゃんと寝てるの?」
「……ええ、まあ」
「睡眠はお肌の天敵よー?」

 室長のアドバイスに曖昧に頷きながら、自分のデスクに向かう。
 ちらりと自分の横のデスクを見るが、いつもと同じく、そこには誰もいない。

(避けられているってことは……ミーティングも欠席……なのかな)

 どのみち、シュリには姿は見えないので確認のしようもないのだが。
 パソコンの電源をつけて起動するのを待っている間、筆記用具を取り出そうと、デスクの一番上の引き出しを開ける。
 そこには、半分に折りたたまれた手紙が一枚、ペンの上に置かれていた。
 シュリは震える手で手紙を取り出し、中身を開く。罫線の上には、手本のような几帳面な文字が並んでいた。

 昨日は怒らせるようなことをしてごめんなさい。もうしません。改めて、シュリさんが好きです。返事を待っています。――ミハイル・ヴェルディーク

(……もう。仕方ないなぁ)

 駆け引きもない、素直な文面にシュリは頬をゆるませた。
 デスクの引き出しを開き、ひまわりが描かれたメッセージカードを出す。ポイントカードと同じサイズなので、書ける文字数は限られている。
 手紙の相手は職場の先輩であり、年下の男の子。
 年齢の差はどうしたって埋められない。長期戦も覚悟の上だ。彼が大人になるまで待てばいい。
 むしろ、この暴れる心臓の平穏を取り戻すには、数年ぐらい待つほうがちょうどいい。適度な距離を保ちながら、この恋心をゆっくり育んでいこう。

 だって、この恋は始まったばかりなのだから。
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