絶対通報システム
 家の鍵は開いていた。お母さん、今日はパート休みだったんだ。

 お母さんになんて言おう。昨日でもあんなに心配していたのに。
 胸に手を当て、深呼吸をする。意を決して、玄関のドアを開けた。


 パタパタとスリッパを鳴らしながら、お母さんが迎えに来てくれる。

「あら、おかえり。やっぱり具合悪かった?」

「……うん。行く途中にちょっと眩暈がしちゃって」

 思わず、嘘をついてしまった。

「無理は禁物だからね。着替えて、休んでおきなさい」

「ありがとう」

 お母さんの優しさが、胸にちくちくとした痛みを残す。
 嬉しいのに、嘘をついた罪悪感がトゲとなっていた。

 制服を脱いでベッドに寝転ぶ。
 考えたくないのに、これからのことを考えてしまう。
 
 酒井くんを通報したことで、酒井くんは家族ごとどこかに消えてしまった。

 酒井くんと付き合っていた森さんはショックを受けて、それを私に嫉妬しためぐみちゃんが利用した……。

 クラスでも目立つ存在の森さんが怒ったから、クラスメイトもその流れに乗って……嘘の通報に繋がった。

 私の信用ポイントは下がってしまって、先生からの扱いもひどい。いっそ、阿部先生以外の先生に相談したほうがいいのかもしれない。心配かけるかもしれないけれど、お母さんに相談してみるのがいいのかな。

 だいたい、この“通報システム”がおかしすぎる。虚偽の通報が受理されているのもそうだけど、本来はいじめを無くしたり、国民が平和に暮らせるためのものじゃないの?

 こんな欠陥だらけのシステムを、私たちで試さないでよ。
 唇を噛みしめて、ベッドシーツを握りしめた。


 そのとき、お母さんが部屋の扉をノックした。

 「杏里、入るわよ!」

 少し焦っているような声色だった。お母さんのそんな声は珍しく、反射的にベッドから体を起こす。

 「どうしたの?」

 「どうしたもこうしたもないわよ! 杏里、あなた何をしたの!?」
 
 「……え? なにをって?」

 「お父さんから電話がかってきたの。会社から『久代くんの世帯、というか娘さんの信用ポイントがひどく低いという通知がきた』って注意を受けたらしいの……。お父さんの会社、塾も経営しているでしょ? だから、『娘さんのポイントが低いなら、君の成績にも影響するからな』って」

 頭を殴られたような衝撃を受ける。信用ポイントは、私だけの問題じゃないってこと?

 森さんの言ってたことが蘇る。

 ――家に行ったら崇の家族すらいなかった。

 首の後ろから嫌な汗が出てきて、それを背中が伝っていくのを感じる。

「お母さん、ごめんなさい」

 私は、ここ数日のことをすべて話すことにした……。
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