絶対通報システム
 若乃さんは体育館の隅で、レポートデバイスを確認しているところだった。

 目を見開いて、画面を凝視している。あの表情から察するに、通報された通知が届いたんだろう。

「あれ? どうかされました?」

 私は笑顔で若乃さんに話しかける。彼女はゆっくりとこちらに振り向いた。

「……なんで通報が受理されてるんだ。お前の信用ポイントは低いはずだろ?」

「なんででしょうねぇ? それよりも、寂しくなっちゃいますね」

「……なにがだよっ!」

「若乃さんの信用ポイント。私よりさらに下になっちゃったみたいですね。ということは、“転校”確定です。酒井くんと同じように……ううん、酒井くんの家族と同じようになっちゃうんですから」

「お前、ハメやがったな!!」

「ハメたもなにも、それはお互い様ですよ」


 大きな足跡を立てながら彼女は近づいてくる。
 かなり焦っているようで、笑えてくる。


 勢いのまま掴みかかってこようとしたとき、私は彼女に教えてあげた。

「知ってますか? 通報は取り下げることができるって」

「は……?」

「私の通報で若乃さんは転校が確定しました。だけど、もし私が通報を取り下げたら……若乃さんも、若乃さんの家族も無事に桜川市に居られるってことですよ」

 私はレポートデバイスを口元に持ってきて、彼女を見つめる。若乃さんをどうするかの選択は、私ができるということを示すためだ。

 若乃さんはひとしきり悔しそうな顔をしたあと、観念したのか謝ってきた。

「……悪かった! あーちゃんの機嫌が悪くならないように、ウチも必死だったんだよ! ウチ、小学生の弟もいるし、バレーの県大会もあるし、今転校するわけにはいかないんだ! 通報、取り下げてくれ!」

 事情はあるだろうけど、それは私だって同じ。

 お父さんにもお母さんにも、あんたたちのせいで迷惑がかかったの。自分のときになったらこんなことを言って……、なんて都合のいいやつなんだろう。

「なーんか、言葉遣いが嫌な感じ」

 私は体育館の出口へと向かおうとしたら、それを遮るようにして若乃さんはまた謝る。

「ごめんなさい! 本当に悪いことをしました。許してください」

「口だけならなんとでも言えるし」

「殴ったりして、本当にすみませんでした!! お願いします! 通報を取り下げてください!」


 遠くでサイレンの音が聴こえる。国家保安隊がもうすぐ来るのかもしれない。

 若野さんが土下座をするのをしばらく見つめてから、私は彼女の耳元で囁いた。

「――通報の取り下げ機能なんて、ないんだけど。馬鹿じゃないの?」

 取り下げ機能なんて口から出まかせでいっただけ。だいたい、取り下げるはずがないだろ。

「転校ってなにがあるんだろ。わからないね。わかったら教えてほしいけど、もう会うこともなさそう」

 若野さんは青ざめた表情でこちらを見て、震えている。

「待ってよ。そんなこと言わないでよ!」

 勢いよく立ち上がった彼女に合わせて、私は床に座り込んだ。

「きゃー! 助けて! 助けてぇええええ!!」
 
 タイミングを合わせたかのように、重装備をした国家保安隊が体育館倉庫に入ってくる。状況を確認すると、すぐに若乃さんを押し倒し、拘束した。

 男の人の拳で、若乃さんは何度も顔面を殴られた。

「痛いっ! 許して! やめてぇ!!」

 彼女は血と涙を流しながら、叫ぶ。

「――さようなら、若乃由香さん」

 彼女に別れを告げる。殴られる痛みを、これで彼女も学べただろうか。

「きみ、大丈夫か?」

 怪我を心配した保安隊員が声をかけてくれた。

「ええ、大丈夫そうです。念のため、病院に行きます。ひとりで大丈夫ですので……」


 隊員に背を向けて、私は歩き出す。

 これ以上、笑顔を抑えるのは難しそうだったから。

 
 
 ――若乃由香への通報、ありがとうございました。
 ――久代杏里の信用ポイントは『27ポイントから35ポイント』に上がりました。
 
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