絶対通報システム
「おい、俺の宿題出せよ」

 低いその声は、ざわついている教室でも私の耳に届く。

 それを聞くと、なんだか私まで威圧されているような気持ちになってしまうのだ。
 
 声の主は、学校で有名な酒井崇(さかいたかし)くん。

 有名なのはいい意味ではなくて、悪い意味でだ。札付きのワル、なんて他の中学の生徒からも噂されているらしい。

 前髪で視線を隠すようにして酒井くんの方を見ると、真澄裕也(ますみゆうや)くんの肩を小突いているところだった。

 それだけでだいたいのことがわかる。
 おそらく、真澄くんに夏休みの宿題をやらせてきたのだろう。そればかりか、けっこうな量の重いテキストやドリルも真澄くんに持ってこさせているんだ。

 こう言ったら悪いけど、真澄くんは典型的ないじめられっ子。

 無口で、体型は細くて、暗い。身長はそれなりにあるのに、いつも背を丸めて歩いているもんだから余計に情けなく見える。前髪がものすごく長くて、目がどこについているのかわかんないくらい。真澄くんのまわりだけは、いつも陰気な空気が漂っていた。そんな彼だから、ガラの悪い酒井くんのターゲットにされるのもごく自然な流れだった。


 ――いじめというものは、見ていて気分の良いものではない。


 なかには、見ていて面白がっている人がいるのもわかる。傍観している人も加害者だという意見もある。でも怖くて、なかなか注意できない。もし注意をして、自分が標的になってしまったら……。

 近くにいじめという出来事があるだけで、私の心には見えないカビのようなものが生えていくような気がする。


 そうだ……! こんなときこそ、通報システムを使えばいいんじゃないのかな。


 私はさっきの先生の言葉を思い出す。
 
『誰かが悪さしていても、自分が言ったとバレたら嫌だから言えないだとか、そういう煩わしいものを気にしなくていい』

 私はそっと小指につけた指輪を撫でる。

 いじめなんてあっちゃいけないよね。真澄くんだって、クラスメイトだもの。

 
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