絶対通報システム
8月30日
「おはよー」
「はよっす」
「おはよ!」
教室に入ると同時に挨拶をすると、何人かの生徒が挨拶を返してくれる。
昨日の朝と違うことは、みんなレポートデバイスを持っているということだった。
草間中学校では特別な場合を除いて、スマホの持ち込みは禁止されている。
家でスマホやタブレットを使っている子は多いと思うけど、教室でみんながスマホみたいなものを持っているというのは違和感もあった。みんな、家に帰ってから色々なことを試したみたいで、それぞれがレポートデバイスを触りながら、会話に花を咲かせている。
「杏里、おはよ!」
私が席に着くなり、めぐみちゃんがやってきた。返事を待たず、めぐみちゃんは語りだす。
「ね、わたし昨日レポートデバイス色々触ってみたんだけどさ。設定変えられるの知ってた?」
「ヘルプから色々見られるっぽいね。だけど、まだ全然わかってないんだよね」
「わたしもまだ全然。テストバージョンだからか知らないけど、説明書やヘルプにもない機能があったりするんだよね。例えば……」
めぐみちゃんは声を潜める。
「――待ち受け変えられるの知ってる?」
「え、そんなのあった!?」
「シーッ! 声大きいって。杏里だけに特別に教えてるんだから。ヘルプ押したら虫眼鏡みたいなアイコンあるでしょ? そこに『スタイル』って打ってみて」
私はめぐみちゃんに言われた通りの操作をしてみる。すると『背景変更』という機能が出てきた。タップすると、真っ白な背景から任意の色に変更ができるようだった。
めぐみちゃんはまるで警察手帳のように、自分のレポートデバイスを私に見せつける。
「見て! わたしは推しのチェジュくんカラーの水色にしたんだっ」
チェジュくんはめぐみちゃんがハマっているKーPOPアイドルのメンバーだ。ということは、私は水色以外にしないといけない。
「あ、私はこれにしようかな?」
薄桃色に設定すると、めぐみちゃんは頷く。
「うんうん、杏里っぽくて良いよ! これはふたりだけの秘密ね」
特別な何かを共有することは、女の子にとって大切な儀式。
私はそれを知っているので「もちろんっ」と微笑んだ。
時計を見ると、もうすぐ先生がくる時間。盛り上がっていた教室は徐々に静まっていき、先生を迎える準備ができていく。
時間ちょうどに先生が教室に入ってくる……はずだった。
「誰だよ通報なんてしたやつは!!」
怒鳴りながら教室に入ってきたのは、酒井くんだった。
酒井くんは顔を真っ赤にして怒っている。
「朝、起きたら通報デバイスに変なメッセージが届いてたんだよ! 複数の通報がありましただとか、登校禁止措置で10月1日まで登校をしないでくださいとかよ! なんで俺がこんなこと言われないといけねぇんだよ!!」
唾をそこらじゅうにまき散らしながら怒鳴り、さらに近くにあった机を蹴り飛ばした。
数名の女子が短い悲鳴をあげる。
「おい! システムだかなんだか知らねーけど隠れてこそこそ恥ずかしくねーのかよっ」
酒井くんを避けるように、みんな教室の隅へと移動する。
ざわつく教室のなかで、誰かの呟きがふっと聞こえた。
「いつも恥ずかしいことしてるのはお前だろ」
「ほんと。中学になってこんなことしてるのこそダサイって感じ」
「――今ふざけたこと言ったの誰だ!?」
酒井くんはさらに興奮したようで、耳の先まで真っ赤だ。
そのとき、阿部先生が教室にきた。いつもは「ハズレの先生」なんて言ってるけど、やっぱりトラブルのときは来てくれると安心する。
阿部先生は教室を一瞥すると、後ろを振り向いて「こっちです」と誰かを呼んだ。
すると、厳重な装備を着込んだ……まるで軍人のような人達が来て、酒井くんを取り囲む。
「おまえら誰なんだよ! 阿部! お前教師なんだからこんなやつら教室にいれんなよ!」
酒井君がきょろきょろと辺りを見回しながら叫ぶ。
阿部先生は大きな溜め息を吐きながら、ゆっくりと話し始めた。
「酒井、お前昨日の話聞いてなかったのか? 通報されたらお国に仕えている皆様が対応してくれるんだ。お前は今までのいじめ……いや、犯罪行為だな。それによって登校禁止の措置が出ていたのに、あまつさえそれも無視し、またこんなことをしている。今までのことも合わせて、もう学校には戻れないだろうな」
「……は? なにいってんだよ! ふざけ――」
酒井くんが言い終わる前に、阿部先生が「お国に使えている皆様」と呼んでいた人達が酒井くんを押さえ込んだ。
「痛っ……! 離せ! 離せよ!」
暴れる酒井くんの顔面に、軍人のような人達は躊躇なく平手打ちを入れる。
そして、引きずられるようにして外に連れていかれた。
阿部先生はまるで何事もなかったかのように教壇に立つ。レポートデバイスをちらりと見てから、話し始めた。
「騒がしくして悪かったな。酒井崇は、本日付けで転校となった。それでは各自、席につけ」
転校という言葉に、教室内がざわつく。
不穏な空気を破るように、秋成くんが先生に質問をした。
「先生、そんなに急に転校とか決まるものなんですか? それと、さっきの人達って……」
先生は頭を掻きながら、仕方なさそうに答える。
「ちっ。今までとは変わったんだよ。学校で起こるいじめや犯罪を、教師や親だけで解決するのは時間がかかりすぎるってことだ。周りが気づいたときには、問題は大きくなりすぎて……自殺しちまうやつだっている。通報システムは問題を素早く判断し、早急に解決してくれる。酒井がしてきたこと、今日したことを統合的に見て、この学校から出した方がいいと判断されたんだろう」
「そんな……転校ってどこに?」
「俺にはわかんないな。きっと、酒井に似合う素晴らしい学校だろう。さっきの方々は国家保安隊の皆様だ。お前ら、迷惑かけないようにな。それでは、席につけ」
まるで「これ以上は質問をするな」とでも言うような、威圧的な態度だった。いつもノリも軽くてふざけてばかりの秋成くんも黙って席に座る。
私はふと気になって、真澄くんを見た。
彼は今まで見たことのないような、笑顔をしていた。
「はよっす」
「おはよ!」
教室に入ると同時に挨拶をすると、何人かの生徒が挨拶を返してくれる。
昨日の朝と違うことは、みんなレポートデバイスを持っているということだった。
草間中学校では特別な場合を除いて、スマホの持ち込みは禁止されている。
家でスマホやタブレットを使っている子は多いと思うけど、教室でみんながスマホみたいなものを持っているというのは違和感もあった。みんな、家に帰ってから色々なことを試したみたいで、それぞれがレポートデバイスを触りながら、会話に花を咲かせている。
「杏里、おはよ!」
私が席に着くなり、めぐみちゃんがやってきた。返事を待たず、めぐみちゃんは語りだす。
「ね、わたし昨日レポートデバイス色々触ってみたんだけどさ。設定変えられるの知ってた?」
「ヘルプから色々見られるっぽいね。だけど、まだ全然わかってないんだよね」
「わたしもまだ全然。テストバージョンだからか知らないけど、説明書やヘルプにもない機能があったりするんだよね。例えば……」
めぐみちゃんは声を潜める。
「――待ち受け変えられるの知ってる?」
「え、そんなのあった!?」
「シーッ! 声大きいって。杏里だけに特別に教えてるんだから。ヘルプ押したら虫眼鏡みたいなアイコンあるでしょ? そこに『スタイル』って打ってみて」
私はめぐみちゃんに言われた通りの操作をしてみる。すると『背景変更』という機能が出てきた。タップすると、真っ白な背景から任意の色に変更ができるようだった。
めぐみちゃんはまるで警察手帳のように、自分のレポートデバイスを私に見せつける。
「見て! わたしは推しのチェジュくんカラーの水色にしたんだっ」
チェジュくんはめぐみちゃんがハマっているKーPOPアイドルのメンバーだ。ということは、私は水色以外にしないといけない。
「あ、私はこれにしようかな?」
薄桃色に設定すると、めぐみちゃんは頷く。
「うんうん、杏里っぽくて良いよ! これはふたりだけの秘密ね」
特別な何かを共有することは、女の子にとって大切な儀式。
私はそれを知っているので「もちろんっ」と微笑んだ。
時計を見ると、もうすぐ先生がくる時間。盛り上がっていた教室は徐々に静まっていき、先生を迎える準備ができていく。
時間ちょうどに先生が教室に入ってくる……はずだった。
「誰だよ通報なんてしたやつは!!」
怒鳴りながら教室に入ってきたのは、酒井くんだった。
酒井くんは顔を真っ赤にして怒っている。
「朝、起きたら通報デバイスに変なメッセージが届いてたんだよ! 複数の通報がありましただとか、登校禁止措置で10月1日まで登校をしないでくださいとかよ! なんで俺がこんなこと言われないといけねぇんだよ!!」
唾をそこらじゅうにまき散らしながら怒鳴り、さらに近くにあった机を蹴り飛ばした。
数名の女子が短い悲鳴をあげる。
「おい! システムだかなんだか知らねーけど隠れてこそこそ恥ずかしくねーのかよっ」
酒井くんを避けるように、みんな教室の隅へと移動する。
ざわつく教室のなかで、誰かの呟きがふっと聞こえた。
「いつも恥ずかしいことしてるのはお前だろ」
「ほんと。中学になってこんなことしてるのこそダサイって感じ」
「――今ふざけたこと言ったの誰だ!?」
酒井くんはさらに興奮したようで、耳の先まで真っ赤だ。
そのとき、阿部先生が教室にきた。いつもは「ハズレの先生」なんて言ってるけど、やっぱりトラブルのときは来てくれると安心する。
阿部先生は教室を一瞥すると、後ろを振り向いて「こっちです」と誰かを呼んだ。
すると、厳重な装備を着込んだ……まるで軍人のような人達が来て、酒井くんを取り囲む。
「おまえら誰なんだよ! 阿部! お前教師なんだからこんなやつら教室にいれんなよ!」
酒井君がきょろきょろと辺りを見回しながら叫ぶ。
阿部先生は大きな溜め息を吐きながら、ゆっくりと話し始めた。
「酒井、お前昨日の話聞いてなかったのか? 通報されたらお国に仕えている皆様が対応してくれるんだ。お前は今までのいじめ……いや、犯罪行為だな。それによって登校禁止の措置が出ていたのに、あまつさえそれも無視し、またこんなことをしている。今までのことも合わせて、もう学校には戻れないだろうな」
「……は? なにいってんだよ! ふざけ――」
酒井くんが言い終わる前に、阿部先生が「お国に使えている皆様」と呼んでいた人達が酒井くんを押さえ込んだ。
「痛っ……! 離せ! 離せよ!」
暴れる酒井くんの顔面に、軍人のような人達は躊躇なく平手打ちを入れる。
そして、引きずられるようにして外に連れていかれた。
阿部先生はまるで何事もなかったかのように教壇に立つ。レポートデバイスをちらりと見てから、話し始めた。
「騒がしくして悪かったな。酒井崇は、本日付けで転校となった。それでは各自、席につけ」
転校という言葉に、教室内がざわつく。
不穏な空気を破るように、秋成くんが先生に質問をした。
「先生、そんなに急に転校とか決まるものなんですか? それと、さっきの人達って……」
先生は頭を掻きながら、仕方なさそうに答える。
「ちっ。今までとは変わったんだよ。学校で起こるいじめや犯罪を、教師や親だけで解決するのは時間がかかりすぎるってことだ。周りが気づいたときには、問題は大きくなりすぎて……自殺しちまうやつだっている。通報システムは問題を素早く判断し、早急に解決してくれる。酒井がしてきたこと、今日したことを統合的に見て、この学校から出した方がいいと判断されたんだろう」
「そんな……転校ってどこに?」
「俺にはわかんないな。きっと、酒井に似合う素晴らしい学校だろう。さっきの方々は国家保安隊の皆様だ。お前ら、迷惑かけないようにな。それでは、席につけ」
まるで「これ以上は質問をするな」とでも言うような、威圧的な態度だった。いつもノリも軽くてふざけてばかりの秋成くんも黙って席に座る。
私はふと気になって、真澄くんを見た。
彼は今まで見たことのないような、笑顔をしていた。