君の音がなくても
「……別れたいんだ」


 カフェという楽しい空気の中で、やけに落ち込んだ様子を見せていると思えば、目の前に座る紅はそんなことを言った。


 別れたい。


 私は、紅の言葉を頭の中で繰り返す。


 何度か繰り返したところで、ようやく、意味を理解した。


「わかった」


 私があっさりと受け止めてしまったからだろうか、顔をあげた紅は泣きそうに見える。


「……じゃあね」


 なにかほかのことを言いたかったように感じたけど、紅はお金を置いて、逃げるように店を出ていった。


 紅の一言で、私たちの関係は終わった。


 それなりに長い時間を共にしていたはずなのに、たった一つの言葉で、解散。


 こんなにも呆気ないとは、思っていなかった。


 いい関係が築けていると思っていたのに。


 それは、私の勘違いだったらしい。


 紅がいなくなったのに、二人分の飲み物が届く。


 紅が好きな、カフェラテ。


 普段は飲まないけれど、届いてしまったから、少し手をつける。


 肌寒くなってきたというのにアイスを頼むなんて、紅らしい。


「……甘」


 ブラックコーヒーを好む私には、カフェラテは少し甘い。


 もともとそこまで好みが一致していたわけじゃない。


 私は苦いもの。紅は甘いもの。


 私はアウトドア派。紅はインドア派。


 ホラー系が見たい私と、ヒューマンドラマが見たい紅。


 ただ、お互いに居心地がよかっただけ。


 それでも、十分だと思っていたけど、紅は違ったようだ。


 コーヒーだけを飲み干して、私は席を立った。
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