君の音がなくても
 部屋に戻ると、ベッドの上に赤色のパーカーが脱ぎ捨てられている。


 あれは付き合い始めたばかりのデートでのことだ。


 ショッピングモールに行ったのはいいけど、趣味が合わないから、お互いに気まずい空気を纏いながら、適当に歩いていた。


 そのとき、ふと、紅が足を止めた。


 視線の先にあるのは、赤色のニット帽。


『気になるの?』


 私が聞くと、紅は首を横に振った。


『和心ちゃんに似合うと思って』
『私? 赤なんて似合うかな』
『和心ちゃんには赤が似合うと思うよ』


 私はそれが、私には紅が似合うと言われているような気がして、くすぐったい気持ちになった。


 紅が似合うと笑って言ってくれた、私の色。


 だけど、赤色なんて普段身につけないから、実際に赤色のものを買うことは少なかった。


 服なんて、言われたその日に浮かれたこのパーカーだけだ。


 一度も紅の前で着たことないけど、冬になると、私は毎日のように赤色のパーカーに袖を通した。


 最初はいつも紅がそばにいる感じがして照れくさかったけど、今ではこれを当たり前だと思って着ている。


 紅に対してもそう思っていたのかもしれない。


 だから私は、別れを切り出された。


 紅を大切に思うことが、できなかった。


 私だって、自分に対してそう思っている人とはいたくない。


 この結末は、私が招いたのだ。


 大丈夫。


 紅がいない日常に戻るだけ。


 たった、それだけのことだ。


 それだけの、こと……
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