フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました
「……え」
なにも言えない。なぜ、そんなことになったのか、彼がこの女のひとを好きなのか、とか、そんなことよりも。
「彼は、裕一は、いつも、赤ちゃん、できないように、して、るはずです……」
そんな間抜けな文章がぽろりと出た。
彼と身体を重ねることは数年前からなかったが、どんなに酔っていても裕一は必ず避妊具をつけていた。
初夜からずっとだ。
だから、だからわたしは、これは、暗に彼が子供を作る気がないメッセージだと思っていた。
東条由貴は不思議そうに首を傾げる。
「あの、裕一さんは、つけたことありません」
鈍器で頭を殴られたような衝撃が頭にくる。悪気のない表情に、腰から崩れ落ちそうになるのを必死で踏ん張った。
「ち、ちゃんと……た、しかめないと。わたし、そんなこと、知らな……、」
意味のない呟きが漏れる。混乱した頭のなかで、
「知ってるわけないじゃない」とどこか冷静な声が聞こえる。
「彼からは止められたんですけれど、わたし、不安で……。奥様、もしかしてご存じないのかなって……いつまでも、待っているわけにはいかなくなりました。妊娠がわかったので」
彼女は困りきった様子で俯いている。
なぜ彼女が困っているのだろう。なにを待っているのだろう。わたしは、呪文のように、
(落ち着いて、落ち着かなきゃ。テーブルに携帯があったでしょ。あれで裕一に連絡するの。そして)
と自分の行動を確認する。そのとき、不思議な感覚に陥った。
(なんだろ。……やっぱり、っていう気持ちがある)
カクカクとした動きで廊下に向かいかけたとき、乱暴にドアが開いた。
「由貴!」
夫の裕一が飛び込んできた。彼はスーツのまま、東条由貴の肩を抱いた。
「ダメじゃないか、なんでこんなことするんだ。僕がきちんと話をつけるって言っただろう」
彼はわたしを一度も見ることなく、震える彼女の肩を支えている。ここ数年聞いたこともない、気遣いに溢れた声音だ。東条由貴は青白い顔で裕一を見上げる。
「だって、裕一さん……!私、不安で、どうしようもなくて、一人で病院いって……こわくて」
彼女は啜り上げながら辿々しく続ける。
「大丈夫だから、そんなに泣いたら体に悪いだろ。ほら、少し休んでいくといい」
彼はそこでようやくわたしを見た。
「彼女、家にあげてもいいかい?」
なぜそんなことを聞くのだろう。
ああ、ここは、わたしと裕一の住まいだからか。
「……お茶を淹れるね」
わたしはくるりと振り向き、キッチンへ向かった。