フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました
からんと、上品なベルの音が来客を告げる。
古めかしいガラス枠の扉がゆっくりと開いた。
「いらっしゃいませ」
わたしはひとり、誰もいない店で片付けをしていた。カウンターの中から立ちあがりかけ、その声を背中で聴く。
「このお店、楽器の持ち込みは構いませんか?」
中低音の、落ち着いた響き。愛しい声に、耳が震えた。
「……な、んで……」
振り向いて、その姿を目にしたとき、世界が止まったかと思えた。
上月和真が、立っていた。変わらないあの瞳で。
肩には楽器のケースを担いでいる。
「なんで? じゃないでしよ、先輩」
彼は悪戯っぽい口調で、でも、瞳を揺らして笑う。
「また、俺のこと振る気ですか?」
わたしはふるふると首を横に振るしかできない。
上月くんは、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「ち、ちが、だって、わたし、会いに行こうって……、それに、ここ、教えてな」
うわ言のように単語をぽろぽろとこぼす。彼に会う心の準備がまだ、できてないのに。思春期の中学生みたいに、頬まで赤くなるのがわかった。
「こういうとき、ドラマでは、ヒロインが地元に帰るのは定番でしょ?センパイ」
彼は生意気そうな仕草で口の端を上げている。また、からかっているのだ。わたしが何も言えないでいると、楽器のケースをごとりとテーブルに置き、目の前に立った。ああ、本物だ。ほんものの、上月くんだ。
「……ウソ。すごく探したよ。みんなに聞いて回って。そうしたら、吉野さんが不憫に思ってくれたみたいでさ、教えてくれたんだ」
「あ……。吉野さんに」
こちらに戻るとき、わたしは吉野さんだけに全てを話した。彼女はとても残念がってくれて、そのうえ
「わたしがあのチケット渡さなかったら、こんなことにならなかったのよね。なんだか、とても、申し訳ないわ」ととても気に病んでいたのだ。
「そんな、ぜんぜんそんなことないです。吉野さんは全く悪くないですから。なるべくして、こうなったんですよ。気にしないでください」
そして、転居先やお店のことも知らせておいた。なるべく黙っていてくださいと添えて。
「そっか……」
わたしは黙りこんだ。そして、頭を下げる。
「ごめん、なさい。覚悟がなかなか決まらなくて、今度行くつもりだったの」
「ほんとうに?」
彼は、わたしを覗き込む。瞳が不安な色に染まっていた。
「ほんとだよ。……でも、ごめん、言い訳だよね」
我慢できなくなって、わたしはカウンターをはしたなくも乗り越え、彼の胸に飛び込んだ。
「会いたくて会いたくて……っ。このままおかしくなっちゃうんじゃないかって思ってた」
上月くんは、わたしをがっしりと抱きしめてくれた。
「早く、来てくれたらよかったのに……。こっちも同じ気持ちで、ずっと待ってましたよ」
「うん……っ。うんっ」