フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました
ごめんね、会いたかったの、と同じことを何度も何度も伝える。大好きだ、と伝えることがこんなに苦しくて幸せだなんて知らなかった。違いの唇を貪るように奪い合い、舌を絡め、吐息までも惜しむように唇を重ねた。
そこにあるのは、高校生のときの、淡い恋のときめきではなくて、情念のこもった愛の疼きだ。
「もう、絶対離さないからね、莉子さん」
彼は、男らしい、筋張った指でわたしの首元をするりと撫で上げた。
淡白なはずの、わたしの身体に、ぽっと火が灯った。ぞくりとなにかが駆けあがる。
「こ、ここじゃ、ダメ……」
「いやだ。待てないよ。何年待ったと思ってるんです」
彼は瞳を燃え上がらせ、わたしの首筋に唇を寄せる。
「だ、だめ、だって……」
互いにほてる体を持て余すようにしながらも、押し問答を続ける。
そこへ、オーナーの女性が裏口から入ってきた。
二人で慌てて、身体を離して取り繕ったが、彼女はあらあらまあまあとゆったり微笑むばかりだ。
「朝比奈さん、この方は……」
「あ、の、知り合いの、ええと」
「初めまして、上月和真と申します。彼女の恋人です」
彼は堂々とわたしのことを抱き寄せ、自己紹介した。彼女はまぁ、ハンサムな方ね、とにこにこ笑っている。テーブルに置かれた楽器ケースに目を留めると、オーナーは「あら、サックスね。テナーかしら。貴方が吹くの?」と興味深そうに尋ねる。
「ええ、こちらでは楽器の持ち込み演奏もさせて頂けるのか、伺いたくて」
「まあ、もちろんよ。ピアノとセッションしたら素敵ね」
彼女は私たちを見て、
「今日はわたしが店番したくなったから、朝比奈さんはもう上がってくださいな?」
悪戯っぽく笑う。
「いえ、そういうわけには……」
「いいのいいの。このハンサムな方に、今度演奏してもらうから、それでオーケーよ」
彼女は片目を瞑ってみせた。わたしと、上月くんは顔を見合わせてしまう。
「さ、早く行ってちょうだい。なんだか貴方たちきらきらしてて、年寄りの目がチカチカするわ」
わたしたちは、追い出されるようにして店を出たのだった。