フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました


 店内をゆっくりと流れるジャズが、あの頃と今との境目をあやふやにしていく。厳しい練習や個性的な先輩たちのこと。上月くんもわたしもそのあたりの話は微妙に避けつつ、思い出話にひとしきり花を咲かせた。

「あ、そろそろ時間ですよ。朝比奈先輩。行きましょう」

財布を出すわたしに、いいからいいからと鷹揚に手を振って会計を済ませる上月くん。自分のお店でも、しっかりとお金を払うんだ、などと変なことを考えてしまった。

『Blue』につくと、こちらはもう開店していた。暖色のランプが店内を落ち着いた雰囲気に照らしている。いくつもテーブルが並び、奥の一段高いスペースにステージがしつらえてある。広くはないが、立派な設備だった。

オーナーの上月くんはわたしをステージ近くの席に座らせてくれた。

「あれ? ここ、チケットのテーブル番号と違うよ?」
「いいんです。ここはね、オーナーがキープしてる席なんで。今日は先輩に座っていてほしいから」
「で、でも……」
「近くでステージ見て欲しいんだ。お願いします先輩」

逆に頼まれてしまって、わたしは躊躇いながらそのテーブルに座らせてもらうことにした。

(なんだか今日は会う人みんなに色々してもらってばかり……。ありがたいけど、ちょっと申し訳ないな)

どんなお礼かいいかな、と考えを巡らせているうちに、
「あ」
と思わず声を出してしまった。

(裕一に連絡してない……! どうしよう)

 
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