フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました
サックスは、いくつか種類がある。ソプラノ、アルト、テナー、バリトン。大きさと音も様々だ。中でも中低音のテナーサックスは腰に沿うような大きさで、密かにわたしは一番男性に似合う大きさだと思っていた。

ブラスバンドでの元気なラテンから、ジャジーな大人のセクシーさまで、いろんな音を表現できる。

大好きだった彼のサックス。彼はのびやかな音で歌うように楽器に命を吹きこんでいく。ピアノの演奏と相まって、都会の夜景に飛び込んだような気分になった。

(こうやってまた、上月くんのサックス姿を見てるなんて……)

懐かしくて、嬉しくて、少し切ない。

演奏が終わると、わたしは手がちぎれるかと思うくらい拍手をした。

帰りぎわ、店を出るともうすっかり日は落ちて、紺色の空にぽつんぽつんと星が瞬き始めていた。
最後、彼に挨拶をしたかったのだが店の奥を見ても姿が見つからない。オーナーはやはりまだ忙しいのだろうと思って、店員の方に声だけかけて出てきてしまった。

(お礼と、サックス最高だったよ、って言いたかったな)

偶然の再会を嬉しく思いながら、足早に駅へと急ぐ。
すると、後ろから呼び止められた。

「……先輩、朝比奈先輩!」

振り向くと、上月くんがこちらに向かって走ってくる。
ふと、高校生の頃と重なってしまった。こうやってよく、わたしを、おいかけて来てくれたのだ。 

「いきなり帰らないでくださいよ!」

 息を弾ませながら、彼は軽く睨んだ。
「ごめん! 忙しそうだったし…! でも、めちゃくちゃ素敵なお店だったよ! 今日はほんとうにありがとう」


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