フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました
(わたしの、ことだよね……)
これは、彼の愚痴なのだろうか。
わたしが聞くべき会話ではないし、聞かせるつもりもなかったはずだ。
とっさに「ごめ……ん」と口が動いてしまった。何についてのごめんなのか。遅くなったことについてか、電話を聞いてしまったことについてか、『食べさせてもらってる身分で遊びに行った』ことについてか。
何に謝っているのかはわからない。とりあえず口から飛び出てしまったのだ。
彼はハッとした顔を一瞬歪めて、今度は怒ったように口をへの字にして「あー、帰ってきたから、切るよ。またね」と電話の向こうの相手に告げると、ゆっくり携帯電話をポケットにしまった。
テーブルに、綺麗に食べ終えたお弁当の容器が重ねてある。そばにはビールの缶もあった。夫が空きっ腹を抱えていたわけではないことに少しだけほっとする。
「た、だいま……」
「遅かったね。今日はランチだけだって言ってたけど」
「あ、うん……。あの、レストランで、生演奏のチケットもらって……」
聞いてしまった会話をどう処理していいかわからなくて、わたしはそっとテーブルにバッグを置く。
「いい歳して、そんなはしゃいだことしてたんだ」
彼は、電話のことはなかったことにして、ぼそりとつぶやく。
「はしゃぐって……。生演奏つきのレストランで食事するのは、別に歳は関係ないでしょう? それに、そのレストランね」
彼は話を続けさせてくれなかった。もういいとばかりに手をぶらぶらと振って、「弁当代、食費から返してといてね」と言い捨て、自分の部屋に行ってしまったのだ。
妙に白いLED照明の下、わたしは気が抜けたようにしばらく立ち尽くしていた。