フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました


「髪、濡れてるじゃないか」

するっと頭を撫でられる。ビールの匂いが鼻をつんと刺した。思わず頭をのけぞらせ、彼の手を退けた。一瞬たじろいだように裕一は手を引っ込めたが、今度は私の肩へ触れる。
「やめて」
その手が異様に熱い。まさぐるように腕をさすりながら、裕一はわたしの胸へと手のひらを伸ばしてくる。
酒臭い息と、呂律の回らない舌で
「怒ってるのか」と尋ねる。
頬に唇が寄せられて、自然に、「いやだ」という言葉が口から漏れた。
ここ数年は、身体を重ねることなどなかった。あったとしても、裕一がお酒で気分が高揚した時だけで、彼は自分の欲望を吐き出すためにわたしをベッドに誘った。
わたしは、もともと淡白だったのもあって、そんなに誘ってこない彼になんの不満もなかったし、むしろありがたかったのだ。夫婦とはそんなものなのか、とも思っていた。
それを、いまさら。わたしが怒っているとわかっていて。
とてもじゃないけど、そんな気分になれない。
「いいだろ」
続けようとする彼に、わたしははっきりと拒否した。
(なんで今、そういうことしようってなるの?)

全然彼はわかってない。わたしも、彼がわからない。なんだか、悲しかった。

夫は驚いたように身体を強ばらせたあと、ゆっくりと離れていった。
わたしは彼に背を向け、眠りの続きへと落ちていこうとした。でも、もうそれは無理だとわかっていたけれど。

暗闇のなか、足音荒く部屋を出て、乱暴にドアが閉められるのを、ぎゅっと目を閉じて聞いていた。
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