フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました

『Blue』とハンドメイド。短大を出て就職し、退職してから十年、わたしは本当に久しぶりに家事以外で自分のことを表現できる場所を持てた気がしていた。

(あのとき、思い切って面接に電話してよかった……)

それが今一番素直な気持ちだ。

ただ、時々、彼に送ってもらった帰り道の夕焼けと、あの言葉を思い出してしまう。

『朝比奈のほうがずっといいのに』

ぎゅ、と胸の奥がいたくなる。
この、甘くて苦しい痛みのことは、よく知っている。
でも、その意味を深く考えることは、避けていた。

上月くんはオーナーとして、平日は週に一度様子を見に来る。店の奥まった席でランチを頼むのだが、みんなが、私たちが部活の先輩後輩の間柄と知ってしまい、彼に給仕するのはいつのまにかわたしの役目になっていた。
いまのところ、彼と話すのは唯一その時くらいだった。

とある木曜日。
わたしは三時までのシフトを終え、すこし張ってきたふくらはぎを気にしつつ更衣室でカマーエプロンを外していた。Blueの制服は男女とも黒を基調にしたスタイリッシュなカマーベスト型のエプロンで、とてもお洒落なのだ。

カマーベストはバーテンダーが身につけるものだと思い込んでいたわたしには新鮮で、黒のIラインのエプロンは細くも見せてくれる。

(今日はこれを洗濯して、次のシフトはええと、月曜日だったよね)

頭の中で冷蔵庫の中身をざっとさらう。裕一は遅くなるので夕食はいらないと言っていた。今日は買い物をしなくて良さそうなので、すこしゆっくりできる。

(カフェにでも行こうかな。新しくできたところのマフィンとプリンのセット、とっても美味しそうだったし)
< 66 / 124 >

この作品をシェア

pagetop