フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました

 わたしがぶつかりそうになったのは、オーナーの上月くんだった。心地の良い中低音が耳のすぐそばで響く。

「痛くなかった?……ね、すごい声だしてたよ」

彼の声は絹のようになめらかで、セクシーだ。サラリとした前髪が優しく耳をくすぐってくる。

「言い方! 言い方がおかしい! バカ!」

足の先から頭のてっぺんまで一気に真っ赤になって、わたしは思わず彼を突き飛ばした。

「ごめんごめん……! あんまりニコニコしてたから、ついからかいたくなっちゃったんです」

彼は頭に手をやってペコリと謝る。そうして、「そこの床、ワックスかけすぎて滑りやすかったみたいですね。すみません」と真面目な顔で頭を下げるのだ。

ほんとうに、まったく、なんというか、彼は相変わらずだ。
高校のときも何度も、いろんな手口でからかわれていた。わたしがとっさに彼を喧嘩から逃したことで、あの頃の上月くんはやんちゃないじらしさいっぱいに、わたしの後をついてきていた。そんなふうにされる度、わたしは恥ずかしさで飛んでいきそうになり、そして、そのまま好きになってしまったというのに。
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