旅先恋愛~一夜の秘め事~
「オリジナルでなにかのデザインの刻印等も可能ですが、いかがなさいますか?」


店員の問いかけに彼が私に尋ねる。


「俺はとくに必要ないが……唯花はどうだ? なにか刻みたいか?」


「……いえ、私もありません」


「ではこのまま承りますね」


笑顔の店員が手続きを進めている間、彼がサンプルを手に取る。


「へえ、こういうロゴマークを入れる人もいるんだな」


何気なくつぶやかれた台詞に、ふと古越さんとの会話を思い出す。


『椿森副社長がよく使用されているロゴマークも、その方に縁のものだとか』


『建前に決まっていますわ。本当は思い入れのある場所や大切な方への想いを表すために、使用されているんですよ』


暁さんは結婚指輪にはロゴマークを刻まないの? 


私は大事に想ってきた女性じゃないから? 


ロゴマークはその人だけのものなの?


考えすぎかもしれない。

けれど数々の疑問に心が占拠される。

胸の奥に大きな石をぎゅうぎゅうに詰め込まれたようで苦しい。

店内は快適な温度が保たれているはずなのに、手先が一気に冷たくなる。

結婚指輪を選ぶのは本来楽しいはずなのに、心が痛んで仕方ない。


正直に今、この疑問を尋ねたら答えてくれるだろうか?


「あの……」


「大変お待たせしました」


私が口を開いたタイミングと同時に店員が戻ってきた。

結局私の本心は彼に届けられないまま、指輪の完成時期等の説明を受け、店を後にした。
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