旅先恋愛~一夜の秘め事~
「あら、こんにちは。偶然とはいえ、よくお会いしますね。椿森副社長とはご縁があるのかしら」


デパートに入店したばかりの、小柄な女性が軽やかな声で挨拶をする。


「古越様、こんにちは。お買い物ですか?」


古越さんの話をさり気なく聞き流すかのように、彼が返答する。

二度あることは三度あるとよく言うけれど、古越さんにはよく出会う。

まるで私の行動を知っているのかと問いたくなるほどだ。


「ええ、ちょっとお友だちへのプレゼントを探しに参りましたの。おふたりもかしら?」


彼女の視線がベビー用品の入った紙袋に向けられる。

有名ブランドのロゴが入った紙袋にすうっと目を細める。


「ベビー用品をお買い求めになられたんですか? どなたかに贈り物かしら?」


尋ねられて、焦る。

私の入籍、妊娠については会社の上層部や関係するごく僅かな人にしか話していない。

今、古越さんに独断で返答できない。


「私と唯花が入籍しましたので、近い将来に備えて下見に行ったんですよ」


唇に柔らかな弧を描きながら彼が告げる。

突然の告白に目を見開く私をよそに、暁さんは楽し気な表情を浮かべ、繋いでいる手にギュッと力を込めた。


「入籍……? そんな、まさか……だって綿貫さんはなんの後ろ盾もない方ですし」


古越さんが明らかに狼狽えた様子を見せる。

どこか余裕のある表情が消え、口調に焦りを感じた。
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