旅先恋愛~一夜の秘め事~
“大切な方”について、それほど触れられたくなかったのかと、心の奥がズンと重くなる。

古越さんと以前ふたりきりで会った件は、まだ話していない。

“大切な方”の話を私が知っているとは思っていないはずだ。


なにも知らない振りをして尋ねれば、教えてもらえるだろうか?


卑怯だし、古越さんには申し訳ないと思うがこの機会を利用したい。


「……あの、暁さん……さっきの大切な方って……」


意を決して口に出した声は、彼の厳しい眼差しの前に尻すぼみになる。


「古越さんの話は信じなくていいし、気にする必要はない」


動揺ひとつ見せず、ピシャリと言い切られた。


「違うの、そうではなくて……」


「せっかくの楽しい買い物だったのに、雰囲気を壊して悪かった。疲れていないか?」


あっさり話題を逸らされ、グッと唇を噛みしめる。

ここだけは、誤魔化されたくない。


「私は平気だから、教えてほしい。京都に大切な人がいるの?」


声が震えそうになるのを必死に堪えて、努めて明るく尋ねる。

真剣に聞いてしまうと、答えてくれない気がした。

彼は一瞬迷うような素振りを見せ、躊躇いがちに口を開いた。


「……以前、悩んでいたときに助けてもらったんだ。彼女に救われたが、名前もわからずっと捜していた。その人を見つけるまでは縁談を受けないと断る理由にもしていた。古越家にも同様に告げて断った……それだけだ」
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