旅先恋愛~一夜の秘め事~
「いや、急がなくていい。先に休むようにと今朝言ったから、もう眠ったと思っていたんだ」


「そう、なの?」


「ああ……唯花、この間古越の令嬢が話していた件だが……」


言いにくそうに口を開く彼に、一気に鼓動が速まる。


帰ってきた早々、なんの話をするのだろう?


もしや“大切な方”となにかあったのだろうか?


どこか切羽詰まった様子の暁さんに嫌な予感がした。

お風呂に入って温まったはずなのに、指先が冷たくなっていく。


「あの日はきちんとした説明をしなくて悪かった。俺は以前も今も、これからも唯花だけが好きだ。……それだけは知っておいてほしい」


“好き”


彼が口にした想いに呼吸が止まった気がした。


今、好きって言ったの?


私を?


「どうして、急に……」


心の中に浮かんだ疑問が、そのまま口から零れ落ちる。


「今まで俺は唯花に大事だ、大切だ、とは何度となく告げていたが、よくよく考えたら明確な言葉で想いを伝えていなかったから」


本当に、これは暁さんの本心なの? 

 
あんなに焦がれていたはずの彼の告白を、真っ直ぐに受け止められない自分がいる。


なんで、今になって告白するの?


私を安心させるため?


ヒリヒリ痛む胸をギュッと握りしめた拳で押さえつける。


「……唯花?」


「ありがとう。とても、嬉しい」


滲みそうになる視界を誤魔化すように、何度も瞬きを繰り返す。


「遅くなって悪かった」


首を横に振る私を、彼が長い腕で引き寄せて抱きしめる。

一番安心する、愛しい場所のはずなのに胸が詰まって苦しい。


喉元までこみ上げた自分の“好き”は彼に伝えられなかった。
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