旅先恋愛~一夜の秘め事~
「角が立たない対応を以前からお願いしていたはずですが? ただでさえ、問い合わせもあって厄介な状況なんですよ。ご自身の入籍を公表する気はないと仰ってましたよね?」


「ああ、今もそのつもりだ。状況はすぐに変わるから心配するな」


扉の取っ手を掴みかけた指が宙を切る。

腕にかけた紙袋がやけに重みを増した気がした。


ふたりは、なんの、誰の話をしているの?


入籍を公表しないってどういう意味?


状況が、変わるってなに?


「誰にも本気にならないと、きちんと伝えるべきだったのでは?」


「話したところで納得しないだろ。この話はもう終わりだ。時期がきたらしっかり整理する」


淡々とした暁さんの口調に、心臓がギュッと強い力で握られた気がした。


整理?


単語が耳にこびりついたように離れない。


「責任は取る……今も昔も俺にとって特別な人はひとりだけだから」


きっぱり言い切る彼に、嫌な予感が頭の中を駆け巡る。


責任って、特別な人って?


震える指で無意識にお腹を両手でぎゅうっと抱きしめる。


一部の会話を聞いただけで勝手な想像をすべきではないとわかっている。


だけど、明らかにこれは私の話題ではないだろうか?


でも今、この場に踏み込んで確認する勇気はない。

胸の中に大きな氷塊を埋め込まれた気がした。

冷たくなっていく指先を握りしめようとするが震えてうまく動かせない。
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